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佐藤天彦九段が語る「藤井聡太の絶妙手▲4一銀はなぜ美しいのか」

佐藤天彦九段が語る「藤井聡太の絶妙手▲4一銀はなぜ美しいのか」

佐藤天彦九段インタビュー #3

2021/06/18
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――先ほどは▲4一銀を巡る対局者の読み、そしてあの手が生まれた背景の考察でした。では、なぜ美しいと思うのでしょうか。

佐藤 ▲4一銀はなぜ美しいと感じるのか、そして何がそう思わせているのか……。理屈上のイレギュラー感、見た目の鮮烈さ、そんな手に遭遇する珍しさがそう思わせるのでしょう。ああ、でもそれらは、私の美意識の基幹となるものとはまた別かもしれません。

個としての美しさと、それを最大限に生かすストーリーとの相乗効果

――美意識の基幹、ですか。

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佐藤 私は全体のなかの個、個が全体を生かすものを好むんです。西洋絵画は美術館や教会など、いろんなシチュエーションで見られますよね。でも、それぞれのロケーションに合う絵は異なります。

 例えば、レオナルド・ダヴィンチの『モナリザ』は裏からのぞけるような立体感のある絵で、その表情を見れば内省的また哲学的に解釈できる作品です。だから、あれは美術館のような一対一で向き合い、近くで見るのが鑑賞方法として妥当だと思うんです。

 でも、それが教会の祭壇のようなすごく高い場所にあるとどうでしょうか。『モナリザ』はそこまで大きな絵ではないので、まず遠くてよく見えなかったり、光が反射して暗いとかの問題が生じてしまうでしょう。祭壇の上に飾るのは、あそこまでのリアリティのある作品よりも、遠くや下から見上げても視認性の良い平面的なペタッとした絵なのかもしれない。そのほうが教会のロケーションと一体となっていそうです。

――絵画自体の芸術性を最大限に生かす空間、その相乗効果ですか。

佐藤 ゴテゴテとした装飾の中にあるからこそ、映える優雅な絵が好きです。絵画は単体での芸術性を重んじて語られていることが多いと思いますが、周りの装飾性との相互作用によって生きてもきます。例えば、ゴテゴテした額縁、中身もパステルカラーでふわっとしていてあまり解釈の余地がなさそうな絵画でも、宮殿や装飾のなかで飾られていると、全体のなかでの個として生きてきますね。そして個には色んなものがあります。モールディング(繰形)や家具、天井画とか全体の建築の形態、それらがすべて一体となり、お互いを生かし合っているのに惹かれます。

――将棋だと、それはどういうことなんでしょう。

佐藤 将棋でいえば絵画は盤上であり、空間などの外部はストーリーだと思います。なので、▲4一銀は個としての美しさです。

佐藤九段は根っからの「甘党」。Twitterでも愛飲していると語っていた「マウントレーニア リッチカフェモカ~香るヘーゼルナッツ〜」をごくり。昨年の自粛期間中には、甘口の「貴腐ワイン」の飲み比べを楽しんだという

――なるほど。観戦記やネット中継は指し手の解説だけでなく、当日の対局室や控室の様子、対局者の近況、これまでの道のりなどが記されています。いわゆる「名勝負」といわれるものは、盤上の華美と盤外エピソードの厚みが絡み合い、人々の記憶に強く残っていく。それがファン層を広げているんでしょうね。

佐藤 ええ。私は将棋においても駒同士がお互いに生かし合うような形が好きですけど、棋士としては将棋盤内としての美しさをまず見ます。