感動を呼ぶのは、見た目の鮮烈さの裏に理屈がちゃんとあるから
――改めて、▲4一銀の意味を教えてください。
佐藤 まず▲8四飛と飛車を取ったら、後手玉を先手から見て左辺から追い詰めていかないといけません。しかし、それは△4一玉と逃げられるのが大きく、左右のどちらにも逃げられる囲いが生きてしまいます。本来は解消しようがない問題なんですが、▲4一銀は一瞬、先手の飛車が右側にいるのを生かして、相手の囲いの建築意図を裏返してしまったんですね。しかし、当然ながら自分の玉のことも考えないといけません。相手に銀を渡すと敵玉に迫る速度が1手速くなるけど、同時に自玉への速度が1手速くなってしまっては意味がないですから。でも、そこは1手以上増えないという理屈がちゃんとあるわけですね。
――自玉の距離感を見切っているからこそ、より強く踏み込むことができる。一手の直接的な意味だけ見れば攻めですが、盤上全体を踏まえた手であることがわかります。
佐藤 色々な要素を加味しつつ、そのすべてを満たす一着を見つけることができたとき、自分自身としてもきれいだ、美しいと思う手を指せることができたと思えます。
それにしても▲4一銀は視覚的にも鮮烈ですよね。理論がこの一手に凝縮して顕在化しているというか……。ちょっと脱線しますけど、コルビュジエっていますよね。
――建築家ですね(1887年~1965年。「モダニズム建築の巨匠」といわれ、日本での建築に東京・上野の『国立西洋美術館』がある)。
佐藤 19世紀まで、西洋の建築は地面から建材を積み重ねるので、階が下のほうは重厚な印象になりがちでした。でもコンクリートや鉄筋を本格的に使えるようになり、従来の西洋建築では支えきれなかった設計が可能になります。そして、コルビュジエが新しい時代の建築基準と理論「近代建築の五原則」を示し、それが見た目でわかるような建物を設計していきます。例えば、サヴォア邸は1階部分を細い柱で支えてすき間をたくさん作り、真っ白な色合いもあって非常に軽やかな見た目です。この開放感は、少ない柱でも全体の重量を支えるのが技術的に可能だからこそ成り立つものですよね。
いまの私たちからすれば、彼が編み出した建築は当たり前でそこまでインパクトはないかもしれません。しかし当時は斬新だったはずです。中世から続く石造りの建築が一般的で、工夫するにしてもゴシック建築のように大きくしたり、新古典主義でギリシャ・ローマ時代をイメージした重厚な建築が当たり前の時代でしたから。
その人たちから見れば、コルビュジエの建物は「なんかこぢんまりとして不安になる支えなんだけど大丈夫なの」と視覚的にびっくりするんだけど、実は構造的に緻密に計算された安全な建物だとわかる。このように「軽いじゃん」という見た目の驚きと彼の突き詰めた理論が相まって、「おお、すごい!」となるわけです。