藤井聡太が2020年度の最終対局でまたも魅せた。今年3月の竜王戦▲藤井聡太王位・棋聖-△松尾歩八段戦で指された▲4一銀は寄せの絶妙手で、優れた内容の対局に贈られる将棋大賞の名局賞(特別賞)を受賞している。
トッププロも絶賛した▲4一銀は、なぜ美しいのか。佐藤九段は自身の趣味である芸術鑑賞を交えて語り、建築家のル・コルビュジエを引き合いに出した。
見た瞬間にきれいな手だなと思った
佐藤 私は松尾さんと親交があって、(▲4一銀について)聞いてみたら松尾さん自身も対局中に読んでいたらしいんですよ。対局後に世間で「神の一手」といわれていたことを知り、びっくりしたと話していました。
――それは対局者に聞いてみないとわからないことですね。絶妙手を指されたとなると、相手は気づいていなかったと思ってしまいますから。
佐藤 細かい話ですが、▲4一銀を打つ直前は▲8四飛と飛車を取れる局面で、藤井さんが1時間弱も止まったわけですよね。それがヒントになっていて、松尾さんも気づいたと思うんですよ。取れるはずの飛車をなかなか取らないから、何かを狙っているはずだと。自然な推論として見つけやすく、どこからか突然に落ちてきた手と感じなかったのはわかるんです。だからこそ、世間との乖離に戸惑う部分はあるんじゃないでしょうか。
――相手が長考するわけを探ろうとするから気づく。人間同士の勝負ならではだと思います。
佐藤 でも、松尾さんのように後手側を持って真剣に考えた人はいないじゃないですか。私もそうです。藤井さんは何を考えているんだろうと思っていたぐらいで、▲4一銀は気づかなかった。美しい手だと思いましたね。
――実戦の集中力があったらどうでしょう。自分が対局であの局面を迎えていたら、気づきましたか。
佐藤 棋士人生のなかでも非常によい状態で、あの局面に出会えれば気づけたかどうかだと思います。逆にいうと、かなり気づかない(笑)。飛車を取るのは普通ですし、それですぐに負けというわけでもないので、とりあえず飛車を取ってから考えてしまいそうです。だからこそ、余計に▲4一銀は考えにくい。