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「ヤクザと繋がっている」という会長が怖かった

「警察に相談しようとも思ったのですが、『ヤクザと繋がっている』という会長が怖かった。それに、たまにお小遣いをもらったこともあったので、『これって私も愛人なのでは?』『公になったら私も罰せられるのでは?』と思い、我慢しました。会長との関係さえ我慢すれば、最低限の生活はできたので、(強制的な性行為に)応じていました。

 辛かったのは、ヤマモト被告はもちろんですが、工場での上司にあたる愛人のA子さんの振る舞いでした。A子さんとヤマモト被告の関係は工場内では知れ渡っていた。A子さんはヤマモト被告が私を贔屓していることを妬み、私に随分といじわるをしてきました。

 数年間なんとか工場を勤め続け、成人になったのを機に工場を辞めました。2019年の夏に、ヤマモト被告が逮捕された後に、A子さんから連絡が来て、『あのときはごめん、ヤマモトから意地悪しろって言われてたの』と、謝罪されました」

ヤマモト被告が経営する工場の内部

 さらに取材を進めるとヤマモト被告から性被害を受けた被害者はD子さんだけではなかったことが判明した。長年ヤマモト被告の側近を勤めた元ベテラン従業員が証言する。

「あのとき助けてあげたんだから。な、ええやろ」

「A子さんが勤め始める10年ほど前から、3年近く工場に勤めていたのが、会長がパチンコ屋でスカウトしてきたシングルマザーのE子さんでした。会長はE子さんがお金に困っていると、よく援助してあげていたんですが、後に『あのとき助けてあげたんだから。な、ええやろ』と、週に1度、ホテルに行くことを要求していました。耐え切れなくなったE子さんは最終的には弁護士に相談していた。ある日を境にE子さんは急に工場に来なくなりました。この件はE子さん本人から聞きました。

ヤマモト被告

 D子さんが辞めた後に工場で働くことになったのが、F子さんです。F子さんも会長がパチンコ屋でスカウトしてきたそうです。F子さんは仕事終わりに工場で、会長に襲いかかられたそうです。F子さんは抵抗して、なんとか未遂で終わったそうで、F子さんは後日、会長に襲われたことをA子さんに相談しました。A子さんはヤマモト被告に対して、随分怒っていました」

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