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連載春日太一の木曜邦画劇場

『ミナミの帝王』はベテランが輝く金融ピカレスク作品だ!――春日太一の木曜邦画劇場

『難波金融伝 ミナミの帝王 海に浮く札束』

2021/06/15
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2003年(93分)/ケイエスエス/4180円(税込)

 竹内力が大阪はミナミの高利貸・萬田銀次郎を演じる「ミナミの帝王」シリーズはVシネマと劇場版を合わせて全六十作が作られてきた。

 その魅力は、前回も述べたように、まずは勧善懲悪と人情味をベースにしている安心感にある。といって生ヌルい話かというとそうではなく、銀次郎自身も闇の高利貸という「悪」でありながら、債務者を陥れる悪党たちを法的な知識をもって懲らしめる――というピカレスク的な刺激性もある。悪を手玉に取る銀次郎を凄味たっぷりに演じる竹内もカッコいい。それから銭金にまつわる話なだけに、債務者も悪党も大阪らしいえげつなさを前面に出しているので、下世話な人間模様も楽しい。

 そして何より。本連載に取り上げる作品によく出てくるようなベテラン俳優たちが毎回のようにゲスト出演しているのが、たまらないのである。債務者役で老いた哀愁や人生の年輪を見せたり、悪党役で貫禄やセコさを見せたり――。好きな俳優たちの、キャリアを積み重ねてきた上での「今の演技」を観られるのは、至極の喜びだ。こと日本の映画やドラマはベテランが輝く機会が少ないため、このシリーズは貴重な機会といえる。

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 今回取り上げる第四十六作『海に浮く札束』には本郷功次郎が出演している。

 本郷といえば、大映時代は時代劇や戦争映画で活躍、その後はテレビドラマ『特捜最前線』(テレビ朝日)の刑事役で人気を博した。

 彼の魅力を一言で表すと「剛直」。その太い眉とギラつくつぶらな瞳、野太い声、甘さのない熱く直線的にぶつけてくる泥臭い演技――その全てが「サムライ」的なイメージそのもので、歴戦の戦国武将が現代にタイムスリップしてきたかのようである。

 第三作『金貸しの条件』では悪党として貫禄たっぷりに立ちはだかった本郷だが、本作では被害者側に回る。

 描かれるのは空港拡張の埋め立て工事を巡る汚職。補償金を得た沿岸の漁師たちをカモにすべく、ヤクザは賭場を開く。裏には、漁港から立ち退かせて巨大マリーナを建設するという、政官財にヤクザもグルの企みがあった。

 他の漁師が目先の利益に転ぶ一方、漁業組合長はヤクザや行政相手に臆することなく抵抗の姿勢を示す。この組合長を演じるのが本郷だ。老いてもなお剛直さを失わない本郷の武骨な風貌と演技は、昔気質の漁師そのもの。年輪が刻まれたその横顔からは、時代の流れに抗って漁師としての道を貫く、組合長の一本気な生きざまが滲み出ていた。

 博打に溺れた漁師に塩野谷正幸、陥れる悪党の黒幕に入川保則。脇の面々も最高だ。

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