不安は我々の心の中にあるものであり、そしてそれは我々の過去と結びついている
では、そんな時にはどうしたらいいのだろうか。勿論、誰もが理屈ではわかっている。せっかく事態が上手く行っているのだから、過去の詰まらない記憶に囚われず、そのまま同じことを続ければ良い。僅かの差で競り負けて2位になったり、6日の間に26点と29点取られて打ちのめされた、あの日々を今更思い出しても何も良い事はない。でも怖えよ、福岡に行ってからのホークス、80年代まで俺が応援していたチームと違いすぎるだろ。優勝できる気全然しねーよ。このまま大人しくしといてくれよ。
とはいえ筆者は、答えを知っている。何故なら、日本の大学を取り巻く過酷な状況に30年近く身を置き、韓国研究者として左右両派、日韓両国からの誹謗中傷や嫌がらせメールに日夜晒され、何よりもオリックスファンとして、長い長い苦難の経験を持つ筆者は、この「成功している中での将来に対する漠然たる、しかしとてつもなく大きく深い不安」について、心療内科で何度も堂々と相談しているからだ。先生、この前も大きな賞をいただいたりして、客観的にはどう考えても上手く行っている筈なのに、いつもより却ってめちゃくちゃ不安なんですが、どうしたらいいですか。もう不安なので、いっそもう研究室の窓から飛び降りてもいいですか。その方が、幸せなまま死ねるような気がするんですが。まさか主治医の先生も、その不安の一部をオリックスが占めているとは、今まで夢にも思わなかったに違いない。
嘗て深刻な不安神経症を抱え、学会にすら顔を出せない時期が続いた自分を、今日の状態まで回復させた我が主治医は言うまでもなく名医であり、この自分の大きく深い不安に明確に答えてくれる。上手く行ってるんですから、考えても仕方ないじゃないですか。はい、このお薬飲んでぐっすり寝てくださいね。お酒飲みすぎちゃ駄目ですよ。
そうなのである。不安は我々の心の中にあるものであり、そしてそれは我々の過去と結びついている。だからその記憶は我々が生きている間、永遠になくなることはない。記憶は我々の歩んできた人生と歴史そのものであり、それを無理に忘れようとするのは、これまでの自分自身を否定するのも同然の行為なのだ。そう、自分自身に等しい記憶を無理に忘れ、克服しようとするから、とてつもなく「しんどい」状態になるのである。
だから、昔の嫌な記憶が蘇って来て辛い夜は、CSのプロ野球ニュースでも見て、さっさとベッドに入って寝てしまおう。上手に眠れなかったら、一時的に薬に頼ったって全然構わない。仕事や練習が残っていたって、そんなの気にしたら負けに決まってる。詰まんない事をうじうじ考えながらやったって、どうせ上手く行かないし、結果として、ますます自分の将来が心配になるだけだ。
そして、何よりもぐっすり眠れば、そこには明日の朝が待っている。それでも辛ければ、いっそのこと、そのまま布団をかぶってもう一日、休んだって構わない。大丈夫、若い選手やファンは、僕たちの昔の事なんて知ってさえいない。だから、疲れた時には彼らを信じて全てを任せ、僕らは僕らの出来るプレーをすればいい。大丈夫、うちのチームは選手層が厚いんだから。いつの間に代打やリリーフの顔ぶれが変わったのかは知らないけど、立派な解説者もそういってるじゃないか。
という事で、皆さん、今夜はぐっすりお休みください。きっと夢の中でも、オリックスもあなたも勝ちますよ。だって、僕たち、首位なんですから。
◆ ◆ ◆
※「文春野球コラム ペナントレース2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/46134 でHITボタンを押してください。
この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。