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連載昭和事件史

2021/06/19

 なお、ここから続いて発生した第3・第4の事件は当時、報道されていない。容疑者が検挙、起訴されて記事が解禁になった1942年11月17日付静岡新聞朝刊に「検察当局は、事件の一般に及ぼす影響の重大性に鑑み、第三凶行と同時に新聞記事掲載を差し止め」と書かれている。当時は10を超える法規によって言論が取り締まられていた。第3、第4事件については静岡県警察史と解禁時の記事に従う。

【第3事件】思わぬ人物が“被害者”として登場

 1941年9月27日午前2時20分ごろ、浜名郡北浜村道本、農業某方へ何者かが侵入し、同家裏離れ6畳間に就寝中の四男(27)の胸部、腹部、背部など11カ所を突き刺して即死させ、同人妻(26)の右腋下その他に刺傷を負わせ、さらに続きの8畳間に寝ていた主人(59)の左前額部ほか数カ所に刺切創、同人妻(59)の背部その他に重傷を負わせ、物音に驚いて立ち上がった三女(21)の右乳下部を突き刺し、逃走した。犯行当時、同間に寝ていた孫2人は難を逃れ、2階にいた六男誠策も被害に遭わなかった。被害の状況は隣家の者から貴布祢巡査駐在所へ急報され、即刻予定計画通り出動。柘植(静岡県)警察部長も静岡から直行した(静岡県警察史)。

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 静岡新聞は全員実名で報道している。静岡県警察史は被害者方を「某」と記述しているが、その後に出てくる「誠策」の名前で分かるはず。そう、武蔵屋事件捜査の過程で取り調べを受けた聴覚障害の男だ。先入観を持たない捜査官なら、調べを受けた5日後にその人物の自宅で事件が起きたことを当然、不思議に思うはず。この段階で再び捜査線上に乗せてもおかしくなかったと思うが、「聴覚障害者に犯行は無理」という意見が強かったのか、捜査本部はそうしなかったようだ。5つの地区について(1)年齢18~40歳までの男子(2)小柄で頭髪の長い者(3)変質者、特に二重人格者(4)凶器所持の疑いのある者―を重点的に捜査。17人の容疑者が浮かんだが、犯人には結びつかなかった。

 当時の内務省も事態を憂慮。第1事件以来9カ月間に計7271人の捜査員が動員された。その後、第1事件1周年の8月中旬には張り込みを実施して警戒。新しい方針で態勢を立て直して捜査を再開しようとしていた矢先、第4事件が発生した。

【第4事件】4人がメッタ切りも、これまではなかった遺留品が見つかる

 1942年8月30日午前1時半ごろ、浜名郡積志村下大瀬3381番地、農業井熊亀鶴方の奥納戸部屋に就寝中の亀鶴(56)、妻よし(53)、三女はつ(19)、三男実(15)の4人がいずれも胸部、腹部、背部などをメッタ切りにされて殺害された。離れの部屋に寝ていた四女(17)は難を逃れ、被害を知り、本家の者から有玉巡査派出所へ急報された。検証の結果、被害者の布団の上に門歯3本が脱落しており、被害者が犯人にかみついて抵抗した状況がみられ、同所に木製白さや1本、人絹小幅の黒っぽい「めくらじま」(縦横紺色の木綿糸で織った無地の平織物)の布片と黒塗りの帽子のあごひも1本が遺留されていた(静岡県警察史)。そして、これまではなかった遺留品が事件解決の糸口となって捜査を大きく前進させる。

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 生々しいほどの強烈な事件、それを競い合って報道する新聞・雑誌、狂乱していく社会……。大正から昭和に入るころ、犯罪は現代と比べてひとつひとつが強烈な存在感を放っていました。

 ジャーナリスト・小池新による文春オンラインの人気連載がついに新書に。大幅な加筆で、大事件の数々がさらにあざやかに蘇ります。『戦前昭和の猟奇事件』(文春新書)は2021年6月18日発売。

戦前昭和の猟奇事件 (文春新書)

小池 新

文藝春秋

2021年6月18日 発売

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