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連載昭和事件史

2021/06/19

「浜松支局発=22日午前1時ごろ、浜名郡積志村西ケ関、芸妓屋むさし屋方物置をよじのぼって同家2階左間ガラス窓をこじ開けて1名のエロ強盗が侵入。そこから階段をおりて階下8畳の間に養子(8)と就寝中の女将(34)を強姦凌辱を加えたうえ、同女が悲鳴をあげたのに驚いた強盗は、出刃包丁を逆手に持って右ほお、頸部に瀕死の重傷を負わせて部屋中を血の海と化し、再び賊は大胆にも2階に上がって10畳の間に就寝中の抱え芸妓にまたも凌辱を加えんとしたが、早くも階下の悲鳴に目が覚めていたので、大声をあげて騒ぎ出したところ、くだんの賊は背部から鉄拳を加えて昏倒させて、悠々小野口村内野方面に向かって逃走した」

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「(女将は)犯人の顔は一度も見たことがなく、またこうした被害を受けるようなこともしていません(と語った)」と報じている。当時の新聞の人権感覚のなさに驚くが、読者はおかしいとは思わなかったのか。捜査の見通しが誤っていたのか、取材が先走りだったのか、事件は迷宮入りになっていた。第1、第2の事件の発生で「手口、凶行、無言、夏期の犯行という点で関連性があるものと判断し、武蔵屋事件も捜査の対象とすることとなった」(静岡県警察史)

 第2事件を受けて、浜松署は署長を総指揮とする8班42人の捜査隊を編成。8月24日には浜名郡小野口村小松の公会堂に捜査本部を設置して、本格的な捜査を始めた。しかし、昼夜兼行の活動にもかかわらず、捜査は難航。その理由を静岡県警察史は「第1、第2事件とも花柳界の出来事であるため、捜査員の聞き込みから得る捜査資料は芸者対客、料理屋をめぐるいわゆる痴情怨恨方面に傾き、犯行の動機・目的が明らかでないだけに、捜査員を迷わせた」と書いている。

捜査線上に浮上した「誠策という男」

 このあと、静岡県警察史には次のような興味深い記述がある。

 武蔵屋事件の捜査を進めていくと、事件の前前夜、浜名郡北浜村小松の「日の出座」で映画見物中の男の自転車が同所の自転車置き場で盗難にあった事実が判明し、さらにその夜、1人の少年が無札で入場しようとし、木戸番が無理に突き出した事実が浮かび、その際、同少年は匕首(あいくち=つばのない短刀)のような物を所持していたことが分かった。

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 その少年は聴覚障害者で口がきけない者で、星の帽章を付けた学帽をかぶっており、調査の結果、浜名郡北浜村道本に住む誠策(18歳)という男であることが分かり、9月22日の夕刻、捜査本部で筆談、手まねでいろいろ尋ねてみたが要領を得ず、事件との結び付きも得られなかったので、1時間ぐらいで帰宅させた。

 捜査本部は第3事件の発生を考慮して駐在所にも捜査員を分宿させ、事態発生に対処できるよう体制を整えたが、ついに第3の事件が発生した。