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「忘れられた江戸絵画史の本流」 静岡県立美術館で見る《江戸狩野派》の“技量”と“創造性”

アート・ジャーナル

2021/06/19

「江戸絵画」がちょっとしたブームだ。

 当時大いに流行した浮世絵の第一人者といえば葛飾北斎。彼の生涯を描いた映画『HOKUSAI』が現在公開中である。京都の大店旦那だった伊藤若冲は、家業を降りてから独自の画境を開いた「奇想の画家」。いま展覧会に出品されれば、最も集客を見込めるのは彼の作品だ。

 そうした波に乗ろうというわけでもないだろうが、静岡県立美術館で現在、江戸時代の絵画をたっぷり観られる展覧会が開かれている。「忘れられた江戸絵画史の本流 -- 江戸狩野派の250年」。

 

江戸時代を通して発展した「一大創作組織」

 展名の通り、江戸狩野派の絵師に焦点を合わせた企画展示だ。狩野派といえば、日本史上最大の絵画流派。室町幕府の御用絵師に登り詰めた狩野正信に始まり、織田、豊臣、徳川と時の権力に仕え続けた一大組織である。

 江戸狩野派は17世紀、図抜けた腕前を誇った狩野探幽が、派の活動拠点を京都から江戸に移して幕府の御用を一手に請けたことに端を発する。草創期に狩野探幽、尚信、安信の3兄弟がそれぞれ鍛冶橋家、木挽町家、中橋家として一家を成し、のちに浜町家を加えた「奥絵師」4家が中心となって堅固な組織を築き上げた。

狩野古川常信《十二ヶ月和歌歌意画帖》(部分) 日照軒コレクション

 その後、奥絵師の活動を支える「表絵師」なる存在も登場し、これは最大時14~15の家が並び立つことになる。組織は膨張し続けたわけだ。絵師が増えるほど画風も多岐に渡ったが、江戸後期になると様式の統一が見られ、洗練の度を増していった。