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 見つけられたら大変と、私は楯にしていた老木の根もとにしゃがんで動かず、ただ暴れに暴れるヒグマを見守るばかり。第2弾のチャンスを狙ってはいたが、激しくはねまわっているので、撃ちかねていた。深傷にも屈せず、前後左右、12、3メートルの間を駆けまわり、暴れ狂うのでは照準がつかない。やむなく銃口を向けたまま機会をうかがうよりしかたがなかった。

咆哮を上げ逃げるヒグマにトドメの一発

 やがてヒグマが後向きになった瞬間、その背骨めがけて「ダァーン」と第2弾を撃ちこんだ。距離はたった20メートルばかりだから、いわゆる押しつけ撃ちのようなものだ。この第2弾は見事に脊髄を粉砕したらしく、ギャアッと一声あげてヒグマはドサッとうつ伏せにブッ倒れ、窪地へ転がりこんだ。

 だが、怒号は以前にも倍してものすごい。密林中をゆるがせて、耳を聾せんばかりで到底近寄りがたい。手あたり次第に周囲にあるものを叩き折り、千切り、径10センチぐらいのヤナギを噛みきり、掻きむしる始末だった。千切られたフキの葉などは空高くはねとばされ、土煙りをあげて七転八倒のありさまである。

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 私はつづいて第3弾を──と銃をとりあげたが、背骨が折れているので歩くことができないのだから、そう慌てて撃つまでもないと思いとどまった。逃がす心配はまずない。逆襲のおそれもない。

 しかし、20分たち、30分たっても咆哮はいつはてるともわからない。急所をはずれているので、ヒグマはなかなか死にきれないのである。

 私はトドメの一発を──と近寄っていった。するとヒグマは、私めがけて猛然と躍りかかろうとしてきた。大きな赤い口、白い歯をむいて──。しかし、背骨が折れているので立ちあがれない。それでも両手をあげて立ちあがろうとしながら、一歩でも二歩でも近づいて襲いかかろうとする。腰はきかないが、声だけは少しも衰えない。むしろ、人間を見てからは、その怒りかたは数倍のすごさに変わってきてさえいた。とても形容できないものすごさだ。

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 第3弾、第4弾を見舞って一気に息の根をとめたかったが、毛皮にむやみやたらに弾痕をつけたくないので、我慢してその動作を見守るばかりである。しかし、いつまでこのままでもらちがあかないので、急所へ正確に一発と、ゆっくりその機を狙う以外になかった。

 逆襲できないとわかると、ヒグマは諦めて私と反対の密林へ逃げこもうとする。ズルズルッといざっていくのを真横から心臓部を狙って撃とうとすると、また向きを変え、いきなり躍りかかろうとする。私は10メートルぐらいの距離から、ついに第3弾を放った。弾は肋骨の三本目に喰いこみ、ヒグマはこれで完全にのびてしまった。

 私はようやく緊張感から解放された。知らぬままに全身は玉なす汗であった。自分自身では、この大ヒグマを倒す間、余裕しゃくしゃくのつもりだったが、戦い終わってみると、顔といわず、首筋、手首など、ところかまわず蚊やブト(ブユ)に思うがままに喰いつかれ、血を吸われていた。着物から出ているところは、カッカとほてり、かゆくてかゆくてたまらずに困ってしまった。

【続きを読む】月光に反射した二つの目玉がピカッ、ピカッと殺気をおびて…“人喰いヒグマ”の襲撃を受けた狩人の忘れられない“後悔”

ヤマケイ文庫 ヒグマとの戦い

西村 武重

山と溪谷社

2021年6月19日 発売