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 ヒグマも、フキの若生のころ、1メートル近くまではよく喰い荒らしている。葉もいっしょに喰ってしまうものだ。そのために茎が14、5センチ残ったのがクルクルとまるく反りかえっているのをときどき見る。一ヵ所に何日もヒグマがいたと思われるところでは、一反歩も二反歩も喰いつくされてフキ原が明るくなってしまうところさえあるくらいだ。そのころのヒグマの糞はフキの繊維ばかりで、1回分の排泄量はだいたい4~6キロぐらいもある。

 ──ところで、一歩一歩近寄ってきたヒグマは、しばらくすると何の音もたてなくなった。私の張りつめた緊張はそのためにちょっと調子が狂ってしまう。ここに猟人がひそんでいるのを感づかれるわけはないのにと思いながら、なおもきき耳をたてていると、急にガサガサ、バリバリッと大きな音がしだした。どうやら腐倒木を掻きおこして、アリの巣でも舐めているに違いなかった。猟人にとってはまことにまたとない機会だが、依然として姿が見えないのではどうしようもない。まもなく、こんどは地響きをたてて地面を掘りおこしているような音がした。アリ塚を見つけて崩しているらしい。

 私がフキの隙間から、右に左に、どんなにすかしてみようとしても、チラとも姿は見えない。しかし、なんぼなんでもこっちから忍んでいくことはもっとも危険で、うかつにはでられない。いつまで待つか、方向転換でもして他のほうへいかれては台なしである。さて、どうしたものか──と思案中に、ドサッ、ドサッとフキを踏み倒して、また歩きはじめた。予想どおりに、こっちへ向かってくるのだった。

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喉もとめがけて、12番ブローニングは轟然と火を吹いた

 いよいよきたなッ、と、私は一瞬、筋肉をひきしめた。耳を澄ますと、スウーッ、スウーッと、かすかにヒグマの呼吸する音がする。やがて、目の前30メートルの、僅かに高くなったところへとつぜん赤褐色の大きな頭がニュッとあらわれ、小さい目玉をギョロギョロさせていたが、急に鼻づらを上に向けて臭いを嗅ぐ格好をした。嗅覚が鋭敏なヒグマは、もはや人間がいることがわかったらしい。

 私は心中でしめたッと叫んだ。と同時に、鼻づらを左右にふり、臭いの方向を探っているような喉もとめがけて、12番ブローニングは轟然と火を吹いた。

「ダァーン」

 のどかな川辺の森林を揺り動かして、そのゴウゴウたる音は山内一帯にこだました。命中の手応えは充分だった。

 ヒグマは「ウォーッ」と、これまた密林をゆさぶる大咆哮で怒り狂って立ちあがった。2メートル余のフキの葉の上に両手をあげて全身をむきだしにしてあらわれた、背丈3メートルもあろうという超ド級の大物──。総身の毛を逆立てて私のほうを向いた形相は、実にものすごいかぎりだった。

 弾丸は急所をはずれたらしい。夕日を浴びた巨体の喉もとから鮮血がしたたり落ちている。「ウォーッ、ウォーッ」と、咆哮につぐ咆哮で暴れ狂う。ドタン、バタンと手あたり次第にそこらにあるものをかみ砕き、苦しさと怒りでたけりにたけっている。怒髪天をつくというが、まったく身の毛もよだつ光景であった。