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連載春日太一の木曜邦画劇場

主人公に情熱的アプローチをかける女軍医は敵か味方か!――春日太一の木曜邦画劇場

『ソ連脱出 女軍医と偽狂人』

2021/06/29
note
1958年(75分)/新東宝/4180円(税込)

 新東宝の作品をDVD化するレーベル「新東宝キネマノスタルジア」について検索すると、DVDのラインナップの記されたPDFをダウンロードするリンクが最初に出てくる。このPDFが良い。

 前回の『大虐殺』だけでなく、『憲兵とバラバラ死美人』『九十九本目の生娘』『花嫁吸血魔』『蛇精の淫』『女奴隷船』――。新東宝らしい毒々しさにあふれるタイトルの数々と、その毒を見事に伝えるジャケットが一堂に並ぶ画(え)はまさに壮観。あれもこれもとついつい欲しくなってしまう。

 そのラインナップの中には、今回取り上げる『ソ連脱出 女軍医と偽狂人』もある。実に不穏で魅力的なタイトルのため気にはなっていたのだが、観る機会を逸していた作品だ。それだけに、PDFの中に見つけた際にすかさず購入した。

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 タイトルのインパクトに比べて、内容は意外と真面目だったりするのも新東宝の特徴なのだが、本作もそう。といって、つまらない作品かというと、全くそうではない。

 舞台は日本の太平洋戦争敗戦から四年が経ったハバロフスクの捕虜収容所。そこでは多くの日本兵たちが強制労働をさせられていた。その一方、ソ連は捕虜の中から「民主委員」を選び、他の捕虜を監視させていた。選ばれた者たちは居丈高になって、同胞たちに理不尽な暴行を加えていく。

 戦時中は「非国民」「売国奴」として行われていた刑罰が、今度は「戦犯」「反動」の名の下に行われる。戦争が終わってもなお続く逃げ場のない過酷な生き地獄が冒頭から重々しく描かれ、ここだけで既にかなり見応えがある。

 民主委員たちに目をつけられて身の危険を感じた主人公の舟橋(細川俊夫)は窮地を脱するため、精神に異常をきたしたふりをする。何をしてもあけて通される立場を手に入れたことで、やりたい放題。民主委員の頭に便器壺から糞尿をかけたり、逢引きしているソ連兵たちをからかったり。序盤から一転してのユーモラスなタッチが、ひと時の息抜きになっていた。

 舟橋の治療をするソ連の軍医を演じるヘレン・ヒギンスも素晴らしい。キリッとした目鼻立ちの凜々しい軍服姿や白衣姿が美しく映える。

 彼女は敵なのか味方なのか――。舟橋は積極的かつ情熱的にアプローチしてくる軍医に惹かれつつ、それでも遠ざける。互いの交差する想いが実に切なく、ラブロマンスとしてもよく描けている。

 収容所や街並みのオープンセットも本格的なものが大がかりに建てられていて、造りはかなり贅沢。これだけの要素が七十五分の上映時間に全て完璧に詰め込まれているのだから、驚くしかない。

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