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おぐら 作られたっていうか、大好きなサブカルを仕事にできて、念願のブロス編集部に入ったからには、なるべく「テレビブロスの人っぽい」と思われたかったの。今はもうそんなことないけど、ビジュアル系のバンドとか最初は過剰に着飾っていたのが、だんだん普通っぽくなるみたいな。

鈴木 高校時代はギャル男だったのに。

おぐら ギャル男っていうほどではなかったけど、茶髪でロン毛だった。おれが高校に入ったのが1996年で、サブカルとか渋谷系も追いかけていたけど、カルチャーとして最先端で勢いがあったのは、同世代のコギャルたち。せっかく自分もその時代に高校生なんだから、その波には乗ったほうがいいなって。1996年の新語・流行語大賞のトップテンには「援助交際」「ルーズソックス」「チョベリバ・チョベリグ」「アムラー」って、4つも入ってるんだよ。時代の主役は女子高生。それが同じ教室にいるんだもん。仲良くなりたいに決まってるでしょ。

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鈴木 おじさんたちも仲良くなりたがってたけど(笑)。私は3つ年下なので、コギャルとしては末期のほう。だからガングロとかヤマンバとか極端になっていった世代。ギャルサーのはしりみたいなのが出てきて、パー券とか売って友達が退学になったり(笑)。

90年代のサブカル・文化系女子は、ギャルになり損ねた人たち

おぐら 中学のときはギャルじゃなかったの?

鈴木 中学は鎌倉にある地味なお嬢様学校で、茶髪もルーズソックスも禁止。下駄箱にルーズソックスを忍ばせておいて下校の時だけこっそり履いたり、ヘアマニキュアでわかるかわからないかくらいの茶髪にするのが限界でした。でもアムラーとかギャルがどんどん流行ってきて、「egg」とか「ストニュー」を読んでたら、この時代に女子高生なのに、学校とか親とか地域の事情で堂々と渋谷でギャルができないなんて、それは教養的に問題がある(笑)。だから高校は渋谷にも近い東京の学校に転校しました。

おぐら 出版業界に入って驚いたのは、自分と同世代の女性でも高校時代コギャルだった人が全然いなくて。男でもギャル男だった人はいないし。普通に育ちがいい人ばっかり。おれは埼玉出身で、同郷の有名人といえばピロムとか益若つばさ、断然そっちのカルチャーのほうが強かった。大学生の時、地元にあるチェーン店の居酒屋で「大学ちょー楽しい」とかって話してたら、隣の席にいた屈強な男集団に「ここは大学行ってるようなやつが来るところじゃねえぞ」って言われたんだから。

鈴木 ただ私は今でも、私たちギャルのほうが絶対に偉かったって思ってるよ。あの時代にサブカルとか文化系だった人たちっていうのは、ギャルになり損ねた人たちであって。ギャルになるのが人間としての正しい進化でしょ。

おぐら さすが、かっこいい! 正しい進化を遂げられなくて、サブカルは絶滅したのか。

鈴木 なり損ねたことの言い訳とか、側から可愛いギャルたちを見ていた恨めしさとか、書くことがたくさんあるから作家にはサブカル系が多いんであって。ギャルの人たちが作家にならないのは、別に屈折とかないから。作家になったり、出版社に入るようなタイプの人って、ギャルとか流行のど真ん中を冷笑的に周縁で見てた人たちで。時代の中心でハッピーに忙しくしてたら、読んだり書いたりする必要ないじゃないですか。そういう中心にいた人たちは、別に時代と喧嘩もしてないし。だから私なんかがよく物書きになれたなって。