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「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」

 傍で見ていた忍はじっとしていられなくなり、玲空斗君に歩み寄って再び心臓マッサージと人工呼吸をしだした。小さな体は冷たくなっていくだけだ。

 朋美は青ざめた。

「ねえ、救急車を呼んだ方がいいよ」

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「ダメだ。そんなことしたら俺らが殺したってことになるぞ。児相が来て家族がバラバラになっちまう」

 ケージに監禁したり暴行したりしていたことが露見すると恐れたのだ。忍自身が、半年余り前に窃盗の罪で執行猶予の判決を受けていたこともあったかもしれない。この期に及んでも、子供の命より自分たちの身を優先したのである。

 朋美はもう一度、救急車を呼ぼうと言ったが、忍から返ってきた答えは同じだった。朋美も虐待が発覚して家族が崩壊してしまうことが恐ろしく、それ以上強く言うことができなかった。そして、玲空斗君の死を隠さなければならないと思うようになる。

 玲空斗君の体が完全に冷たくなった。忍が決心したように言った。

「玲空斗を埋葬しなきゃな。山に埋めるか川に沈めるかしよう」

 子供たちも目を覚まして一部始終を目撃していたし、遺体を家に置いたままにするわけにはいかない。朋美はうなずいた。

 忍はパソコンを開き、インターネットで遺体を棄てる場所を探しはじめた。その間、2人の間に、「川に沈めるなら、浮かばないように遺体に穴を空けなければならないけど、それはかわいそうだね」などというやり取りもあった。やがて2人が出した結論は、「玲空斗は自然が好きだったから樹海に埋めてあげよう」というものだった。こうして山梨県の山中に遺棄することが決まったのである。

※写真はイメージです ©iStock.com

 夫婦は、玲空斗君の濡れた服を着替えさせることにした。ケージに入れている時はオムツにTシャツだけだったのに、この時ばかりはデニム柄のズボンに長袖のシャツ、靴下、それに靴まで履かせた。そして、「マミーポコ」の段ボール箱を柩がわりにして、遺体を横たえた。葬儀でもしているつもりだったのだろうか。

 長男、長女をつれて家を出たのは昼過ぎ。夫婦はまずホームセンターでショベルを購入し、次に近所のコンビニで朋美の煙草に、昼食用のおにぎりとウーロン茶を買った。玲空斗君の遺体を乗せた車は、中央自動車道に入って一路、山梨県へと向かった。

 車の中で、一家がどのような気持ちでおにぎりを食べ、何をしゃべっていたのか、法廷では語られなかった。ただ、八王子インターチェンジのNシステムによって、午後7時4分に一家の車が通過していることが明らかとなっている。間違いなく、夫婦は子供たちとともに玲空斗君の遺体を「埋葬」するため、山梨県へ行ったのだった。