2013年3月に起きた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」。夫婦は次男を「ウサギ用ケージ」に監禁し、口にタオルをまいて窒息死させた。また、次女にも犬用の首輪をつけ、自由に歩き回れないようにしていた。
夫婦は育児について、行政に相談することもあったが、虐待が止まることはなかった。なぜこれほど悲惨な事件が起きてしまったのか。ノンフィクション作家・石井光太氏による『「鬼畜」の家―わが子を殺す親たち―』(新潮社)から一部抜粋して、事件の背景に迫る。(全2回の1回目/#2を読む)
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皆川忍=30歳。朋美の夫。4児の父。
皆川朋美=27歳。忍の妻。4児の母であり、5人目を妊娠している。
※すべて事件当時の経歴である。
忍と朋美は知り合って1ヵ月も経たないうちに同棲を開始した。2人は毎年のように子供をつくっていく。長女の他、2008年には長男、2009年には事件の被害者である次男・玲空斗君、2010年には次女が生まれた。忍は結婚後に運送会社で派遣社員として働きだすが、給料だけで生計を立てていけず、万引きや詐欺といった犯罪に手を染めていた。
一家の異変
2007年に足立区ではじまった夫婦の生活は、忍が一家の働き手となって成り立っていたようだ。朋美は喘息の持病があり、結婚生活の大半を妊婦として過ごしていた。そのため、朋美はいつも部屋のソファーに横になって、忍にあれこれと指図していたらしい。
忍は派遣の仕事をしている頃から、家事や子育てを任されていた。オムツ交換、入浴、幼稚園の送り迎えなどはほぼ1人でして、料理も自炊する日はネットのレシピ検索を見て煮物以外は何でもした。ギョーザ、から揚げ、炒め物が得意だったという。
毎日の家事をこなしてなお、忍は朋美に気を遣ってばかりいた。子供たちに向かって、「母ちゃんが俺にとって1番で、おまえたちは2番目だからな」とくり返し話していたというから、よほど惚れ込んでいたのだろう。朋美は法廷で、そんな言葉をかけられたことを「覚えてない」とあっさり否定したが、忍にとって朋美が「初めての女」だとしたら、十分に納得できる話である。
こんな一家に虐待の兆しが現われるようになるのは、2011年、埼玉県草加市のマンションで暮らしていた頃だった。玲空斗君についで次女の玲花ちゃんが生まれて1年ほどが経ち、家には2人以外に夫婦と長女と長男の他、犬2匹が一緒だった。
一家の異変に最初に気づいたのは、朋美の妹の有紗(仮名)だった。同じマンションの別の階に、姉妹の母親の小百合(仮名)が住んでおり、有紗はシングルマザーとして子供とそこに同居していた。昼間、有紗は小百合に子供をあずけてアルバイトに出かけ、生計を立てていたのだ。
そうしたなかで、ある日、小百合が愛人のもとへ行ったきり、音信不通になってしまう事態が起きた。鍵を持っていかれた有紗と子供はマンションから締め出されてしまい、困った有紗が朋美に相談したところ、いま忍が逮捕されているので大人1人なら泊まれると言われる。そこで有紗は、小百合がもどってくるまで子供を児童相談所に一時保護してもらい、自分は朋美の家で寝泊まりさせてもらいながらアルバイトに出ることにした。
有紗によれば、虐待に気づいたのはこの時だったという。朋美は長男と長女を溺愛していたが、2歳になるかならないかの玲空斗君には非常に冷たかったらしい。玲空斗君がヨタヨタと立ち上がって甘えるようにしゃべりかけても、「ふーん」と言い放って構おうとしない。また、親族で集まって食事をするような時も、朋美は小百合としゃべってばかりで、玲空斗君と口をきこうとする素振りすら見せなかった。