通常の事件の捜査本部では、朝礼などで捜査員全員に情報の共有を図ります。この事件では犯人が少年である可能性を念頭におき、専従チームのメンバーのみで情報管理をおこなっていました。チームが出来たのは捜査本部を立ち上げてから1週間ほど経った頃です。メンバーは、刑事部長、捜査一課長、捜査一課調査官、友が丘・竜が台両事件の捜査主任官、須磨署刑事課長の6名だけでした。会議の場所は適宜変更しながら、短時間で済ませる。そこまで念を入れて行動していました。
県警本部長は毎日のように捜査本部を視察したがっていましたが、私が県警本部に出向いて定期的に捜査情報を報告することで、あまり動きを目立たせないようにした。そうすることで、捜査員やマスコミに異変を察知されないようにしました。
また、外部から情報を受け取るための電話機やファックス、複写機などは、私の目の届く範囲内に移動させました。捜査本部には、他の部署から応援にきている捜査員も多かった。誰がいつ、どこで、何の情報を持ち出すか全く予想できない。特に同僚同士のやり取りには、細心の注意をはらっていました。
前歯を折られた同級生
捜査本部には、Aについての情報が次々と寄せられました。
淳くんのご両親側からは「2人が一緒にタンク山に遊びにいっていた」という話が出てきていたし、Aに殴られて前歯を折られ、ナイフを突きつけられた同級生がいることも分かった。A自身の経歴についても調べていくと、幼い頃から病院の精神科に通っていたことも分かった。通っていた学校からは本人が書いた作文や絵も取り寄せましたが、なかでも彼が彩花ちゃんの事件後に書いた作文「懲役13年」という文章は、猟奇殺人に関係する本からの引用も見られ、大変参考になりました。
さらに、事件現場周辺には、知的障がい者のための施設が3カ所ほどあったのですが、そこに通っている人を「Aがなじっていた」という目撃証言もあった。
これらの情報から、Aの“特異性”がくっきりと浮き彫りになってきたのです。逮捕に向けた捜査がだんだんと煮詰まっていきました。
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6月28日午前、捜査本部はAに須磨署への任意同行を求め、同日午後7時5分、犯行を自供したため淳くん殺害と死体遺棄の容疑で逮捕。8時にはAの自宅に家宅捜索が入り、凶器のナイフなどを押収した。「【神戸連続児童殺傷】『少年A』の犯行を確信したとき——遺体発見当日から捜査線上に浮上していた」の全文は、文藝春秋2021年6月号と「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。
【神戸連続児童殺傷】「少年A」の犯行を確信したとき
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2021年5月10日 発売
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