私も現場を何度も訪れているが、少なくとも犯人はこの付近の土地勘があった人間だろう。現場を訪ねるたびに私は物盗り説に傾いていく。もっとお金がありそうな大豪邸を狙うはずだ、という意見もあるが、カネがありそうな家を狙うのではなく、侵入しやすい家を狙うのが物盗り犯の心理である。
学者、有識者というのは経済力が豊かで、カネが無いことのリアルな切迫感というのを味わったことがない。貧すれば鈍す、と体感したことがない。
それゆえに単純な物盗り犯説を唱えることは稀である。
私たちが訪ねたとき、被害者宅はブルーシートがかぶさり、簡易交番ボックスに警官がひとり監視していた。事件解決に至る有力情報提供者には最高額2千万円が支払われる。警視庁最重要案件である。
世田谷区ほど高級住宅地が存在する区はない。代沢もそのひとつだ。
2002年10月25日、石井紘基民主党衆議院議員が代沢の自宅駐車場において柳刃包丁で左胸を刺され殺害された。犯人は出頭した右翼構成員、動機は金銭トラブルだった。だが、この動機には謎が多すぎる。一説にはカバンの中にありながら消えた書類は巨大組織の不正問題追及の資料だったという。
事件現場は奥まった一画にあり、近くには東急線が走っている、極めてわかりにくい場所にあるために、犯行は綿密な計画をもっておこなわれたことがうかがわれる。
現職警官の暗い欲望
1978年1月10日、経堂駅に近いアパートの一室で清泉女子大4年生の女子大生が暴行殺害された。
犯人は第一発見者の現職警官だった。勤務中の警官による暴行殺人は警視庁はじまって以来の大不祥事とされ、北沢署署長は引責辞任、警視総監も辞任という事態に陥った。
以前から女子大生に目を付けていた20歳巡査の性欲が昂進し過ぎての性犯罪だった。犯人の警察官は鹿児島県出身、鹿児島県といえば警察制度をつくった川路利良の出身地であり、明治期から警察は鹿児島県閥が幅をきかせてきた。立身出世するなら警察官に、という気風が鹿児島では根強かったのだが、犯人はその前に暗い欲望をかなえてしまった。
私たちが訪れたときは事件から39年がたっていた。
事件現場となったアパートは更地になり駐車場に変わっていた。犯人が勤務していた経堂駅前派出所はいまだに駅前にある。
真夏の日差しを浴びながら中年の警官が道を尋ねた区民に指し示していた。