殺人事件、少女監禁事件、不吉な事件現場は枠で囲われた世界に存在するのではなく、私たちが普段暮らす生活空間に存在する。生と死が隣り合うメトロポリタンに、私たちとダークツーリズムに旅立とう――
そんな前書きから始まる『東京裏23区』(大洋図書)は、幅広い分野で文筆活動を行う本橋信宏氏が東京を歩き、街の声を記録した一冊だ。ここでは、同書の一部を抜粋、再構成。東京大学が位置し、閑静な住宅街のイメージも強い“文京区”の裏側を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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東大生にキレられる
「暑いですねえ」
いつもカメラを首からぶら下げ取材する早川和樹副編集長がつぶやいた。
小日向は個性的な一戸建てが建ち並ぶ高級住宅地である。
文京区はその地名のとおり、東大、お茶の水女子大、日本女子大といった著名大学が集まり、小学校もお茶の水女子大学附属、筑波大学附属、東京学芸大学附属竹早といった名門校が集まる。出版界を代表する講談社・光文社は音羽にあり、緑濃い小石川植物園、日本サッカー協会もある。
文京区は武蔵野台地の坂と神田川によって削られた低地部、それと小日向台、関口台、小石川台、白山台、本郷台という5つの台地から成り立ち、坂道がやたらと多い。坂道が多い小日向はその名のとおり日差しの心地よい高台にある。
平日の午後、小石川植物園を逍遙する。
35度になろうかという高温。
歩いていると、長野の山林ではないかと錯覚する。だがここは都心なのだ。
寛永15年(1638年)江戸幕府によって開園された文教区民自慢の森である。東大医学部の前身があった所であり、薬草を生育させる土地であった。現在は正式名称「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」という。東大領地が都下のあちこちに存在している。
東大の威光ぶりは、文京区本郷キャンパスを歩くとさらに伝わってくる。