新日本の本隊メンバーとUWFの「融和飲み会」で大暴れ
「明日、Uと飲むからよ」
事件が起きる前日、そう言い出したのは、新日本ナンバー2だった坂口征二だった。プロレスにおいて、観客を満足させる試合をつくりあげるためには、敵味方に分かれている選手たちの間にも基本的な信頼関係が必要である。そこで坂口は新日本の本隊とUWFの「融和飲み会」を企画した。
ところが、いざ始まった宴会で想像以上に酒が回り、新日本のエース候補として台頭していた武藤敬司と、出戻りの前田日明が口論を始め、やがて多くの選手を巻き込む大乱闘に発展。
泥酔した選手たちが一晩にわたり大暴れした結果、旅館全体に甚大な被害を与え、「旅館まるごと一軒を破壊した」「新日本が弁償した金額は900万円だった」といった、まことしやかな説が流布されることになった。
この旅館破壊事件は、昭和の新日本プロレスを彩る武勇伝として、関係者や一部のコアなプロレスファンの間で長らく語り継がれてきた。
しかし近年になって、プロレスファンのみならず、一般層にもこの伝説が知られるようになる。そのきっかけとなったのが、2004年から続く人気トークバラエティ番組『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)だ。
『人志松本のすべらない話』で古舘伊知郎氏が「MVS」に
2016年7月9日、この番組にゲスト出演したのは、80年代の新日本プロレスで名実況を披露した古舘伊知郎氏であった。とっておきのエピソードを披露するこの番組で、古舘氏は笑いを取るプロの芸人たちを前に「プロレスの打ち上げ」と題し、知る人ぞ知る話であった旅館破壊事件を大いに語ってみせたのである。
「あるとき国内である県のちょっと田舎のところで興行、生中継がありまして、終わって旅館の2階の大広間を貸し切って、猪木さん、坂口征二さんがいて、オレ、茶坊主のように猪木さんの横に偉そうに座っちゃって」
「それで6本ずつ空いてベロンベロン状態になったところからケンカが始まって。『やるかコラァ!』とホントの場外乱闘みたいになっちゃった」
「生まれて初めて見ましたけど、大広間から踊り場に流れ出て、ゲロが。踊り場から階段に出てゲロが一段ずつズッズッズッと」
「旅館の女将さんが泣きながら2階に上がってきて、ボクも売れ始めてたんで声をかけてきて。『なんとかして! この2階だけでも修復する、弁償のお金出して』って。猪木さんは小さい声で『古舘さん、旅館ごと買い取っちゃいましょうか』と。女将さんに聞いたら『そんなの2階だけでいいです、まるごとだったら8000万』って言ったんです。さすが商売人と思った」
その場にいた者にしか語り得ない、臨場感あふれる描写である。この日、古舘氏は「MVS」(モースト・バリュアブル・すべらない話)なる番組内MVPに輝き、ストーリーテラーとしての力量を改めて証明してみせた。