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 ・用語や雰囲気がわからないという意見もあったが、描写が美しく、江戸の裏町に住んでいる人たちの感情がありありと浮かび上がってくる。高校生に向いているかどうかより、高校生の自分たちがどう感じたか、高校生が選んだということに価値があるのではないか。

 ・読者に新たな価値観を与えたり、作品のメッセージからなにかを考えさせられたり、さまざまな角度から人間を繊細に描いている作品が高校生直木賞にふさわしいと思って臨んだ。その点、今作は非常にマッチしている。文章が綺麗で、ミステリー要素もある。時代は現代とは違っても、家族や土地に縛られているのは変わっていないし、普遍的な価値観を描いていると思う。

 ・厳しい環境で懸命に生きる姿は、コロナ禍の中を生きる我々の姿にも重ねられるのでは。

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Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり

人生の選択をするときにこの本を思い出す

 馳星周『少年と犬』

 ・これまでの動物が出てくるたんなるハートフルな小説とは違った新鮮な魅力があった。

 ・『不夜城』の作者が帯にあるような感動的な作品を書くかと思っていたが、やはり人が死んでいく話で、ミステリアスな要素もある。

 ・まず表紙がカッコいい。闇を抱えた人間が犬を通して光を獲得していく話だと読めた。

 ・動物が苦手な自分でも感動した。犬の多聞が元の飼い主の元に戻るまで色んな人に寄り添っていた。犬にも感情があるのかもしれないと思わせられた。

 ・動物を通じて人間のもろさをうまく表現している。

 ・東日本大震災も熊本地震も、自分たち高校生みんなが経験しているので入り込みやすい。人と犬のつながりは感動しやすいし、友人にも勧めやすい。

 ・短編の各話がすべて繋がっている構造がすばらしい。ただ、わからないところもある。犬は天使のようでもあり、しかし出会う人が次々と死ぬので、死神の要素もあるのか。また、雑誌掲載順と収録順が違うことの意味はあるのか。表紙で犬が逆を向いている意味は。

 ・犬は一瞬の幸福を与えてくれる存在だろう。全国を渡っていって、最後の最後に崖まで来て、これまでの方向を振り返っているのではないか。

 ・一匹の同じ犬が、接する人間により全く変わる。この犬がいたことによりよい死を迎えられた。

 ・助けたり助けなかったりするので、死が救済というのは早計ではないか。犬はたまたまとおりかかっただけだ。

 ・犬が優しさで人を救うのではなく、人が勝手にそこに投影して救われた気になる、という物語として書かれているのではないか。感動的な話というわけではもともとないのでは。

 ・それでも、人生の転換点に犬が寄り添っている。読者として、自分が人生の選択をするときにこの本を思い出すような気がする。

【続きを読む 『雲を紡ぐ』と『オルタネート』を選んだ高校生たちの4時間の‟激論” 「自分でやりたいことがわからない高校生に届けたい」「家族愛か青春か…」

INFORMATION

夏休みには一般の方も参加が可能な「高校生直木賞」のイベントも開催されます。
詳しくは以下のページをご覧ください。
https://books.bunshun.jp/articles/-/6328

オール讀物2020年7月号

 

文藝春秋

2020年6月22日 発売