「(遼太は)裸で体育座りをしていました」
だが、星哉は引き留めるどころか、差し出されたカッターを受け取った。そして遼太の前に歩み寄ると、無言で首の右側を何度か切りつけた。遼太は黙って切られるままになっていたという。
星哉が再び虎男にカッターをもどしてきた。これ以上できない。虎男はそう思った。思いついたのは、剛にやらせようということだった。ポケットから携帯電話を出し、LINEで電話をかける。
「俺だよ。今どこにいんの? すぐもどってきて」
その頃、剛は近所のコンビニでおにぎりを2つ買って食べていたが、連絡を受けて「(暴行が)終わったかもしれない」と思い、走って多摩川へと向かった。
5分ほどして、土手のあたりから剛の「おーい」という声が聞こえてきた。暗くて3人の姿が見えなかったのだ。虎男は、「こっちだ!」と返事をして剛を護岸斜面に呼び寄せた。
剛は遼太を見て言葉を失った。次は、その時の衝撃を法廷で述べた言葉である。
「よく見ると、(遼太は)裸で体育座りをしていました。左側の頬、ふともも、腕から血が流れていてびっくりしました。いや、ものすごくびっくりしました。気持ち的にも見ることはできませんでした」
この時点で遼太は全身十カ所前後切られていた。剛が正視できずに呆然 (ぼうぜん)と立ちすくんでいると、星哉が口を開いた。
「川で泳がせれば」
川辺には凍りつくような風が吹きつけていた。気温は5.2度だったから、水は痛みを感じるほどの冷たさだったはずだ。
重傷を負った遼太を泳がせれば、おぼれて勝手に死ぬかもしれない。そうなれば、自分が手を下す必要もなくなる。
虎男は「いいね」とつぶやき、遼太に命じた。
「おい、泳いで」
「…………」
「泳げよ」
遼太は裸のまま川の中に入っていった。対岸までの川幅は、100メートル以上。体は冷水のせいでガタガタと震え、流されずに水に浸(つ)かっているので精いっぱいだったはずだ。きっとこれが終われば解放してもらえるという一縷(いちる)の希望にすがって耐えていたのだろう。