中国経済に大きな転換点が訪れようとしている。民間企業が政府の目を盗んでやんちゃな発展を続けてきた「野蛮な成長」をよしとする時代から、経済の論理よりも政治の論理が優先される時代に回帰しようとしているのだ。

「滴滴出行」(ディディ)。配車アプリ、ライドシェア(一般ユーザーが自家用車を使ってタクシー業務を行うサービス)では米ウーバーと並ぶ世界的企業だ。そのディディが6月30日、米ニューヨーク証券取引所に上場した。上場初日に株価は約19%上昇し、時価総額は798億ドル(約8兆8000億円)を記録した。

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“孝行息子”への虐待を始めた中国共産党

 そのわずか2日後、巨大上場に沸き立つ中国ビジネス界に冷や水を浴びせるニュースが舞い込んだ。中国国家インターネット情報弁公室が、「国家データ安全リスクの防止」を理由に、ディディに新規ユーザーの登録禁止を言い渡したのだ。さらに個人情報の違法な収集、利用が見つかったとして、アプリのダウンロード禁止も言い渡された。

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 昨年11月には中国EC(電子商取引)大手アリババグループの関連企業である金融企業アント・グループが当局のお叱りを受け、直前での上場延期が決まるという事件もあった。上場直前に怒られたアント・グループと上場直後にお叱りを受けたディディ、タイミングは異なるとはいえ、通常ではありえないようなドタバタ劇がこの半年あまりで2度も起きているのだ。

 中国は今や世界屈指のデジタル大国だ。他国から認められるだけではなく、中国共産党も「中国発のデジタル・イノベーション」を誇るべき成果として大々的に喧伝している。いわば自慢の孝行息子だったわけだが、なぜここにきて急に虐待をはじめたのだろうか?

政府の指示には完全服従じゃなかったの?

 ディディが犯した「国家データ安全リスク」「個人情報の違法な収集、利用」という罪、その詳細についてはいまだに公表されていない。しかし、米中メディアの報道によると、問題の根本は「中国当局の言うことを聞かず、米国での上場を強行した」ことにあるという。

アリババ創業者のジャック・マー

 昨年、米国では外国企業説明責任法が成立した。外国企業が米国市場に上場する場合、担当する監査法人が米当局の検査を受け入れることを義務化するものだ。経営に関するきわめて詳細な情報、それこそ一件ごとの取引記録からレシートといったものまでを提出する必要がある。IT企業が掌握している情報はきわめて膨大だ。重要情報が流出しかねないと中国政府は警戒し、一部の中国IT企業に米国での上場を一時中止するよう指導していたという。