「合理的なマンション暮らしに切りかえたわけさ」
だが、家族の別居には別の理由があった。その数カ月前、文太は地元の不動産屋を通じて、自宅を売りに出していた。閑静な南荻窪の住宅にある177坪の物件には3億5000万円の価格がついていたが、さほど時間がかからず、売買契約が成立した。引っ越し先は麻布・狸穴の3LDKのマンションで、成長した子供たち3人と夫婦が住むには、やや手狭である。子供たちの希望もあり、別にマンションを借りて18歳の長女だけでなく15歳の長男も、別居することになったのだ。85年10月下旬、文太と約6年間にわたって境界線裁判を続けてきた幼稚園の園長が女性誌の取材を受けて、いかにも不満げに語った。
裁判であれだけ争った人だけに、ずっと住んでいてほしかったわよ。引っ越すなんて……(「女性自身」85年11月5日号)
園長は、幼稚園の隣に住む文太が、11月に引っ越すと聞いて、怒っていた。
文太も週刊誌の取材に応じ、幼稚園との裁判については2年前に和解の形で決着しており、今回の引っ越しとは全く関係がないことを強調した。自宅の売却を決めたのは、約15年前に買った家が広すぎ、現在の生活形態に合わなくなったためだという。
掃除や炊事、雨戸や鍵の開閉だけでも大変だし、……合理的なマンション暮らしに切りかえたわけさ(中略)。これからは青山、原宿、六本木からも這って帰れる距離。いちばん喜んでるのは、カミさんと子供たちだけどね(同)
珍しい記事
家庭や家族の動静など、プライベートを語ることを極力避けてきた文太だが、珍しく夫婦で取材に応じた記事がある。約半年後、週刊誌の「中年でも、なぜオナカが出ないの?」という他愛のない特集に、時間を取って答えているのだ。
オナカが出ない努力? そんなことナニもしとらんよ(「週刊平凡」86年6月13日号)
素っ気ない返事に困った記者が妻の文子に文太がスリムな体型を保っている秘訣について尋ねると、〈なにもしてないんです〉と答え、続けて日々の食事内容を話した。
そうね、食事は好きなものを食べたいだけ食べてますよ。ただ、みなさんが夕食にめしあがるようなステーキやスキヤキ、ヤキソバなどを朝食にドーンと食べ、お昼はザルソバ、夜はご飯かパンに軽いオカズという食べ方です(同)
さらには、スポーツはなにもしていないが、家の中ではよく働くと話す。
お米をとぐのも、残りご飯を握って焼きおむすびを作るのも、買物からゴミを出すのまで「そりゃあ小まめに手伝ってくれます。これがすごい運動になっているのかしら」(同)
当時では珍しい文子の肉声だ。映画の宣伝にもならないし、これまでなら断っただろう内容の取材を受けたのはなぜだったのか。