文春オンライン

岩井俊二「光の見方のようなものが、自分と似ていると思った」 画家・三重野慶との出会いから小説『零の晩夏』が生まれるまで

岩井俊二さん『零の晩夏』インタビュー#1

2021/07/29
note

人間と機械が織り混ざったような存在にならなければ

 とはいえ、ものをつくるスタート地点では、自分の願望や欲望がなければ何も始まりません。極めて強い作家欲求とカメラ的な無機質ともいえる再現能力、これが絵画の世界で学んだことでした。

 これがいつしか僕の創作の基本的な方法となっていきました。そのメソッドが映画やシナリオ、小説、漫画などを分析して考えるときの「ものさし」になったわけです。これはかなり意識しながらやって来たことです。

 極めて強い作家欲求、という点では、僕はいまだに中学・高校時代の自分がいちばん信用できます。やりたいことが明確に見えていた気がします。ただ表現の方法や技術がなくて、願望や欲望の描き出し方がわからなかっただけです。だからいまも、そのころの気持ちを呼び出してきてうまくつながりさえすれば何とでもなる、作品はちゃんと生み出せると信じているところがありますね。

ADVERTISEMENT

 ものをつくる発端となる自我と、自分を超えたものをつくるための無意識。このふたつの相克が大事なのでしょう。人間と機械が織り混ざったような存在にならなければ、作品はなかなか成立しない、それが自分の中の作家観です。

 三重野慶さんの絵画はそれを体現しているのが凄い。出発点にはもちろん強烈な自我があり、この人を描きたい、ここにある光を留めたいという欲望がある。そこからどれだけ自分を滅却して絵を描く膨大な作業に没頭して、最終的に現れる画面にどれだけ自分の想いを入れ込めるかを追求している。

 だからこそ、僕がその絵に出逢ったときの衝撃は大きかったわけです。こんな作品世界が成立するのか、と驚きました。自分の考えてきた原理原則をもう一度はっきりと意識させてくれたのが三重野作品でした。

 絵と出逢った衝撃をほとんど唯一の原動力にして、ひとつの作品をつくれたのは幸せでした。小説『零の晩夏』を書くことは僕にとって、「自分の創作とはなんぞや」ということに改めて向き合うことにもつながりました。

(撮影:山元茂樹/文藝春秋)

【後編を読む 「小説を書くなら剣道より美術部のほうが役立つはず」と高2で思って… 岩井俊二は“実在しない絵”を、言葉でどう表現したのか】

零の晩夏

岩井 俊二

文藝春秋

2021年6月25日 発売

岩井俊二「光の見方のようなものが、自分と似ていると思った」 画家・三重野慶との出会いから小説『零の晩夏』が生まれるまで

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー

関連記事