日常で使う様々な言い回し。話していて、書いていて、ふとした瞬間に「あれ、これで言い方あっていたっけ……?」と疑念がよぎることはないだろうか。

 そんな日常で直面する「微妙におかしな日本語」について、『日本国語大辞典』の元編集長で、辞書一筋37年の神永曉氏が解説した『微妙におかしな日本語――ことばの結びつきの正解・不正解』より、一部を抜粋して引用する。

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 そもそも「垂れ込める」と「立ち込める」とでは意味が違う。前者は、低く垂れ下がり、辺りを覆うという意味だが、後者は、一面に満ち、広がり覆うという意味である。

「暗雲」は、雨を降らしている、あるいは今にも雨を降らしそうな黒い雲のことなので、「垂れ込める」を使う方が妥当であろう。霧、煙、匂いなら「立ち込める」であろうが。

「暗雲が垂れ込める」は、危険、不穏なことが今にも起こりそうであることも意味するが、これも「立ち込める」では違和感がある。「暗雲が漂う」という言い方はあるが。

 ただ現在では「垂れ込める」ということば自体、ややなじみが薄くなってきているせいか、「暗雲」でも「立ち込める」を使ってしまうということがあるのかもしれない。

 小説家の豊島与志雄は翻訳家としても知られているが、フランスのロマン・ロランの長編小説『ジャン・クリストフ』の序文(1920年)で、「しかしそこにはさらに本質的な暗雲がたちこめていた」と書いているので、けっこう古くから「立ち込める」も使われていたことがわかる。

 国立国語研究所のコーパスでも、「垂れ込める」は5例なのだが、「立ち込める」は12例あって逆転してしまっている。しかも、そのうち書籍例が7例、雑誌例が2例ある。
※編集部注・コーパス:新聞、雑誌、本などに書かれている言葉を集めたデータベース

 さらに「立ち込める」で検索してみると、主な前接語は多い順に「匂い、霧、煙」なのだが、「暗雲」は4番目に位置している。他には「雰囲気、湯気、空気、硝煙、気配」などがある。「暗雲」以外は辺り一面に広がるものばかりである。やはり「暗雲」は「垂れ込める」ものだと考えるべきであろう。