日常で使う様々な言い回し。話していて、書いていて、ふとした瞬間に「あれ、これで言い方あっていたっけ……?」と疑念がよぎることはないだろうか。

 そんな日常で直面する「微妙におかしな日本語」について、『日本国語大辞典』の元編集長で、辞書一筋37年の神永曉氏が解説した『微妙におかしな日本語――ことばの結びつきの正解・不正解』より、一部を抜粋して引用する。

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 周囲の人みんなに、明るくにこやかな態度をとることを「愛嬌を振りまく」と言う。ところがこれを「愛想を振りまく」と言う人が増えている。

 文化庁が行った2015年(平成27年)度の「国語に関する世論調査」でも、「愛嬌を振りまく」を使う人が49・1%、「愛想を振りまく」を使う人が42・7%と、かなり拮抗している。

 国立国語研究所のコーパスでも「愛嬌を振りまく」は24例であるのに対して、「愛想を振りまく」は28例とやはり「愛想」の方が多い。
※編集部注・コーパス:新聞、雑誌、本などに書かれている言葉を集めたデータベース

「愛嬌」「愛想」は確かに似ているが、本来はまったく違う意味のことばである。

「愛嬌」は、「愛嬌のある顔」「愛嬌たっぷり」などのように、見る人にかわいらしさ、ひょうきんで憎めない様子などを感じさせる要素やしぐさなどを表す語である。「愛敬」と書くこともある。

 これに対して、「愛想」は、「愛想がいい」「愛想笑い」などのように、人によい感じを与えるために示す態度やもの言いのことである。「愛嬌」はその人の持つ印象や雰囲気であり、「愛想」は具体的な動作であるということができようか。つまり、雰囲気は振りまくことができても、実際の動作は振りまくことができないというわけである。

 ちなみにコーパスでは、「愛嬌を~」の後接語は「振りまく」が圧倒的に多く、「愛想を~」の後接語は「尽かす」が最も多い。もちろん、「愛想を尽かす」を「愛嬌を尽かす」と言うことはできない。

 しかし「愛想を振りまく」と言う人が増えていることもあって、『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』などのように、「愛想を振りまく」を例として挙げている国語辞典も出始めている。かつては誤用とされていたという注記も特になく。中でも『明鏡国語辞典』は、「愛想を振りまく」は「無理をして、こびてなどといった趣が感じられる」(第3版)と説明している。

「愛想を振りまく」の広まり具合から判断して、辞典にそれも載せるのは私も理解できる。だが、まだこの言い方に対して違和感を覚える人も多いであろうから、使用には注意するべきであるということも書き加える必要があるのではないだろうか。