日常で使う様々な言い回し。話していて、書いていて、ふとした瞬間に「あれ、これで言い方あっていたっけ……?」と疑念がよぎることはないだろうか。
そんな日常で直面する「微妙におかしな日本語」について、『日本国語大辞典』の元編集長で、辞書一筋37年の神永曉氏が解説した『微妙におかしな日本語――ことばの結びつきの正解・不正解』より、一部を抜粋して引用する。
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時間をもてあましたり、話しにくい相手と話題につまったりして、どうしたらよいかわからないことを「間が持てない」と言う。「会議が始まるまでまだたっぷり時間があって間が持てない」「会話が途切れて間が持てない」などのように使う。ところがこれを「間が持たない」と言う人もいる。だが、「間が持てない」が本来の言い方とされているのである。
この場合の「間」は、それまで継続していたものが途切れたり中断したりする時間という意味であろう。「間が持てない」で、「持てない」は維持できないということなので、その中断したり途切れたりした時間をどのようにしたらいいのかわからないという意味になる。「持てない」と「持たない」では、「持てない」の方が、その空白となる時間を何とかしたいのだがどうにもならないという意味合いが強くなる。
ところが、「間が持てない」はけっこう新しい言い方なのか、『日本国語大辞典』には見出し語はあるのだが、用例がない。だが、たとえば以下のような織田作之助の『夜の構図』(1946年)の例がある。第二次世界大戦直後のものではあるが。
「何となく部屋の中を見廻していた物珍らしそうな眼付きだと思われるのは心外だったが、しかし、そうでもしなければ間がもてなかった」
文化庁が行った2010年(平成22年)度の「国語に関する世論調査」で、「間が持てない」を使う人が29・3%、「間が持たない」を使う人が61・3%という逆転した結果が出た。「間が持たない」を使うという人は特に20代から40代に顕著で、7割を超えている。国立国語研究所のコーパスを見ても、「間が持たない」は10例見つかるのだが、「間が持てない」は2例しかない。
※編集部注・コーパス:新聞、雑誌、本などに書かれている言葉を集めたデータベース
このような状況から判断したのであろう、私が調べた限りでは『明鏡国語辞典』が唯一、「間が持たない」を見出し語にしている。「間が持てない」は同義語として挙げているが、見出し語にはしていない。文化庁の調査では60歳以上になると「間が持てない」を使う人が40・9%、「間が持たない」を使う人が48・0%と、まだまだ「間が持てない」も健在なのであるが。
「間が持てない」も古くからあることばではないようなので、「間が持たない」も決して誤用とは言えないと思うのだが、辞書として一気に「間が持たない」だけを認めるのは、時期尚早な気がする。