日常で使う様々な言い回し。話していて、書いていて、ふとした瞬間に「あれ、これで言い方あっていたっけ……?」と疑念がよぎることはないだろうか。
そんな日常で直面する「微妙におかしな日本語」について、『日本国語大辞典』の元編集長で、辞書一筋37年の神永曉氏が解説した『微妙におかしな日本語――ことばの結びつきの正解・不正解』より、一部を抜粋して引用する。
◆◆◆
口を閉じて何も言わないことを「口をつぐむ」と言う。「途中まで言いかけて、あわてて口をつぐむ」などと使う。ところがこれを「口をつむる」と言う人がいる。
「つぐむ」と「つむる」はともに「閉じる」の意味を持つ類義語なので、「つむる」と言ってしまうのは、類義語の混同から生じたためなのかもしれない。
ただ、基本的には「つぐむ」は「口」と、「つむる」は「目」とともに使われ、それぞれ「口をつぐむ」「目をつむる」で慣用句となっている。
だが、「口をつむる」の使用例がまったくないかというとそういうわけではない。『日本国語大辞典(以下、日国)』の「つむる」の項では、小林多喜二の『一九二八・三・一五』(1928年)から、
「斉藤に云はれて、その労働者は口をつむんでしまった」
という例を引用している。これ以外にも 国会会議録や国立国語研究所のコーパスには少数ながら「口をつむる」の例が見られる。だが、やはりおおかたが正しいと感じる「口をつぐむ」を使うべきであろう。
※編集部注・コーパス:新聞、雑誌、本などに書かれている言葉を集めたデータベース
なお、個人的な印象だろうが、「つぐむ」という語は何となく口に出して言いづらい。つい「つむぐ」と言ってしまいそうになる。だが言いにくいと感じるのは私だけではなかったらしい。驚いたことに、『日国』には「つむぐ」という項目が立項されているのである。『日国』の説明によればこの「つむぐ」は「つぐむ」の変化した語とある。
そこには黙るの意味で「口をつむぐ」の使用例が2例引用されている。そのうちの1例は、
「お村は初めてホッと息を吐いて口を噤(つむ)いだ」(青木健作『虻』1910年)
という例である。口を閉じるという意味の例も引用されているのだが、それは近松門左衛門作の浄瑠璃『唐船噺今国性爺』(1722年)のものである。
「歯を食いしばって口つむぎ」
とある。国会会議録では「口をつむぐ」の使用例がけっこう見つかる。ごく最近のものでも、
「私が伺っているのは、なぜ国民が疑惑を持っているのか。それは、記憶がなくなり、記録がなくなり、政権側にいる人たちはみんな口をつむぐからです」(2017年7月25日参議院予算委員会・閉1号)
などがそれである。口頭語では「つむぐ」はかなり広まっているのかもしれない。
「つむぐ」は間違いだとは言えないようだが、やはり「つぐむ」が本来の言い方である。