日向(ひむか)は神話の国である。
古事記によれば、神武天皇は日向(宮崎)をたって東へと軍勢を進め、大和(奈良)の地に都を定めて初代天皇に即位した。これが我が国の建国で、以来126代にわたり令和の今上天皇へ連なる、と伝承されている。
神武天皇にあやかり裁判勝利めざす
その神武天皇を祀る宮崎神宮に、7月6日、赤木雅子さん(50)が訪れた。宮崎神宮は神武東征にちなんで、試合の必勝祈願や試験の合格祈願に参拝者が訪れる。雅子さんが祈願したのもズバリ、裁判の必勝と、夫をめぐる真実の解明だ。
夫の赤木俊夫さん(享年54)は財務省近畿財務局の職員だった。森友学園との国有地取引をめぐる公文書の改ざんをさせられ、それを苦にうつ病となって2018年3月7日、命を絶った。雅子さんは真実の解明をめざして去年3月、国などを相手に裁判を起こした。しかし、財務省は解明につながる証拠を出そうとしない。
そこで雅子さんは、真相追及を訴える全国行脚に乗り出した。全国各地の地元新聞社、地元放送局を訪れ、夫や裁判のことを報道してもらう。地方の世論を動かし、地方から中央(財務省)に攻め上ろうという作戦。まさに現代の“神武東征”だ。その一環として宮崎の地元紙、宮崎日日新聞(=宮日)を訪れ、併せて宮崎神宮を参拝した。
宮崎市の中心部から少し北、深い木立に包まれて広い神域がある。神武天皇が東征に出立する前に宮殿を置いていたのもこの付近とされる。雅子さんは本殿の前で静かに祈った。神武天皇にあやかって裁判で真実が解明できますように。
財務省の人に読ませたい小学校の石碑
宮崎神宮の北側に、宮崎市立大宮小学校がある。この学校、この地が神武天皇ゆかりの地であることを地元の大宮村(当時)の村人たちに知らしめるため明治時代に開校したという由緒ある小学校なのだが、実は筆者の母校でもある。私は1975(昭和50)年にここを卒業した。
当時から一角に、学校の由緒を示す石碑があった。私はそこに赤木雅子さんを案内した。石碑の横にある現代文の表示をじっと見つめていた雅子さん。最後の3行を指差して言った。
「こんないいことが書いてありますよ」