「自殺行」出撃
「これは連合艦隊命令であります。要は大和に一億総特攻のさきがけとなってもらいたいのです」
伊藤はしばし草鹿を睨みつけていましたが、やがて表情をやわらげて、
「それならわかった。作戦の成否はどうでもいい、死んでくれ、というのだな。もはや何をかいわんやである。了解した」
とうなずき、さらに一言、
「もし途中にて非常な損害をうけ、もはや前進不可能という場合には、艦隊は如何にすればいいか、判断は私に任せてもらうがいいか」
草鹿は一言もなく、伊藤の眉宇に期するものがあるのを認めました。そして、NOということもできずにじっと伊藤の顔を見つめていただけであった、と草鹿が語ってくれたことを思いだします。
草鹿の報告をうけて、この日の午後に、連合艦隊司令長官豊田副武大将が訓示を発しました。
「海上特攻隊を編成し、壮烈無比の突入作戦を命じたるは、帝国海軍力をこの一戦に結集し、光輝ある帝国海軍海上部隊の伝統を発揚するとともに、その栄光を後昆に伝えんとするに外ならず」
明治建軍いらいの海軍の栄光を、そして見敵必戦の伝統を、歴史のなかに残すために、全滅を覚悟して突入せよ、ということです。
4月7日朝、大和と一緒に「自殺行」出撃していくのは軽巡洋艦一隻、駆逐艦8隻の、合わせてわずか10隻。折から桜花爛漫たる春。春霞に包まれた豊後水道を出て太平洋へ。将兵たちの目には桜がどんなふうに眺められたのでしょうか。
2時間余の奮戦ののちに、この日の午後2時すぎ、空からの猛攻をうけ大和は沈みました。軽巡洋艦矢矧と4隻の駆逐艦も前後して海中に没します。
大和艦上の伊藤長官は、もはやこれまでと思ったとき、「駆逐艦に移乗して、沖縄へ突っ込むべきです」という参謀たちの進言をしりぞけて、まだ海上に浮いている駆逐艦長あてに命令を発しました。
「特攻作戦を中止す。内地へ帰投すべし」