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特集観る将棋、読む将棋

女流棋士の私が、妊娠に気付いたのはタイトル戦の最中だった

「言い訳」と「事実」はいつも隣り合わせだ

2021/08/06

主導権を握れそうな戦型や指し手を選択

 好調の理由の1つに、指し方を意識的に変えたことも影響したかもしれない。

 それまでの私の将棋はどちらかというと「相手に合わせる」将棋を好んでよく指していた。しかし、つわりの時期に研究会を全て休止したため、この頃には当然実戦不足。相手のフィールドで戦うのは難しいと考え、自分から主導権を握れそうな戦型や指し手を選択した。

 これは一長一短で、短期間では結果が出るかもしれないが、自分が目指している将棋と外れてしまう可能性もある。相手に合わせるということは、それだけ色々な形を知り、考えているということでもあるのだ。

 どちらの出産も妊娠8ケ月あたりまで対局をした。

 お腹の中で胎児がグルグル動き、キックやパンチをされながら将棋を指した。なかなか貴重な経験だったと思う。8ケ月になると胎児の成長とともに体重が増え、正座が辛くなった。当時は相手に断って足を崩したが、今は椅子対局も導入され始めたので、妊婦にもぜひ適用してほしい。

 妊娠9ケ月~産後2ケ月までは産休・育休期間となった。

 この間に予定されている対局はすべて不戦敗とされる。私の場合、2回の出産を合わせて5局が不戦敗になった。1度はリーグ戦トップの状態で最後の1局を不戦敗した。

娘たちと過ごしたこの6年に後悔はない

 不戦敗は、実際に対局をして負けるよりも悔しい。

 しかしある程度まとまった期間を休むと、できない対局はどうしてもいくつか出てしまうのだ。悔しくても、受け入れるしかない。

 このあたりから大事なのは、自分の心との付き合い方だった。

 以前にも書いたが、自分が戦っていない場所でトップを争われるのはとても辛い。戦って負けていた方が、気持ちの置き所があるのだ。

 みんなが戦っている中で、自分がそこから離れてしまう感覚。

 育児をしている自分と、勝負師としての自分の心は、どうしたってかけ離れている。

 何かを得るためには同等の対価が必要だって、漫画で習ったハズなのに、心は揺れてしまう。悔しさと焦りを「今はしょうがない」と飲み込んだ。

 自分の時間が持てるまでは、「棋力や自分の位置が著しく落ちないこと」を目標にした。

七夕。短冊に健康と書いたが、その後すぐケガをした ©️上田初美

 勝負師としての自分を飲み込んだ代わりに、この約6年は娘たちと素敵な時間を過ごせた。私は私達夫婦が選んだ道に、何の後悔もない。

「言い訳」と「事実」はいつも隣り合わせだ。

「育児で手一杯」という事実から、「だから勝てない」で終わったら、それは言い訳になってしまう。

「育児で手一杯」、「だから勝てない」から「また頑張る」と前を向いていきたい。

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