豊島将之竜王・叡王に対して、6連敗していた藤井聡太王位・棋聖。その藤井にとって転機となったのは、今年1月の朝日オープンだった。
藤井が相掛かりを会得したと察して、豊島は戦型を角換わり腰掛け銀にして、後手の藤井は早繰り銀を選んだ。難解な終盤だったが、藤井が絶妙の寄せでうっちゃり勝ちを収めた。本人はABEMAのインタビューで「朝日杯で勝ったことで苦手意識はなくなりました」と語っている。また、この頃から藤井の終盤力はまた一段と上がった。
こうしてタイトル戦を迎えた――。
ディープラーニング系AIの導入
藤井については、さらに取材してわかったことを付け加えよう。
2020年、藤井は王将リーグで陥落が決まったあとの11月にグラフィックボードを買ってディープラーニング(DL)系の将棋AIを導入した。DL系の特徴は、人間の棋譜を一切使わずに学習するため、既存の将棋の感覚とかけ離れた指し方を序盤からしてくること。特に相掛かりの形勢判断が正確だと言われている。
令和3年版の将棋年鑑のインタビューでは「DL系のソフトを使って序盤の勉強を少ししているんですが、一般的にDL系のほうが評価関数(形勢判断)の精度は高いので序盤の勝ちやすい形を認識するのには適しているのかなと思います」と答えている。
私も直接彼に聞いたが、「DL系の将棋ソフトは既存(NNUE系)の将棋ソフトが互角とする局面でも+200点前後の点数を示す場合があるなど、序盤において勝ちやすい形を見出す力が優れています。相掛かりを採用しはじめたのもDL系のソフトを使うようになったことがきっかけです」と答えた。既存のNNUE系に加え、DL系の2つの将棋AIで分析し、そのAIが導き出す評価を理解して研究することで、より戦法の幅を広げたのだ。
6月29~30日・王位戦第1局(藤井先手) 【豊島、攻めを誘ってカウンター】
藤井は過去4勝負けなしの相掛かりを選択し、序盤、藤井は桂の通り道ではなく銀の通り道をあけた。銀は桂に比べて足が遅いため、これは「ゆっくり戦いましょう」のメッセージだ。
藤井は先手と後手で戦い方を変えていて、後手では積極的な作戦を選ぶことが多いが、先手ではじっくりした駒組を選択することが増えている。
この藤井の戦い方を豊島も分析していて、動いた。
飛車で揺さぶり、藤井に強制的に歩を伸ばさせた。そして、豊島はその歩を目標とするのではなく、藤井に動いてくるように誘ったのだ。
藤井は誘われるままに攻めたが、その瞬間を豊島は待っていた。左右の桂を跳ね出し、絶妙のタイミングで端攻めしてリードを奪う。優勢になってからは正確無比な指し回しで差を広げ、最後は自玉が詰まないことを読み切って寄せきった。すべて藤井の得意のパターンで、まさに「お株を奪う」指し方だった。豊島は序盤中盤終盤スキがない、パーフェクトピッチングで完勝した。藤井が持ち時間を1時間20分も残して負けたのは初めてのことだった。