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藤井聡太は、難敵との戦いを制するために「自らスタイルを切り替えた」

藤井聡太は、難敵との戦いを制するために「自らスタイルを切り替えた」

棋士がよみとく「夏の十二番勝負」 #2

2021/08/18
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8月9日・叡王戦第3局(藤井先手) 【藤井はF1レーサーか】

 私は佐々木勇気七段、三枚堂達也七段、門倉啓太五段の石田一門でABEMAの番組に出演するために現地名古屋に赴いた。

 対局日の朝、宿泊先のホテルで白瀧呉服店の白瀧佐太郎さんとすこしお話しする。藤井はひとりで着ることができるが、念の為とお願いされて着付けに同席したとのこと。「藤井さんはもうひとりで問題ないですよ」と白瀧さん。

 タクシーに乗る前にチラッと藤井を見かけたが、いつもと変わらない姿だった。対局直前なので目つきは厳しかったが。

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 藤井は3局続けて角換わりを選んだ。相掛かりで完敗したので切り替えたのだ。そして今回は、腰掛け銀からじっくり組んで得意とする形から仕掛けた。過去3勝し、非公式戦で豊島に勝っている。さらには後手を持っても1勝している「無敗の形」だ。対して豊島も用意していた新手を見せ、藤井も飛車の利きを止める角打という難しい手を放つ。

「この将棋は最後には評価は50対50のイーブンになる」

 佐々木によると、水面下では研究されていて、角打ちもAI同士の対戦で前例があるとのこと。佐々木は「この将棋は最後には評価は50対50のイーブンになる」と言い、その通りになった。

 しかし、角を打ったあとの藤井の指し回しは誰も予想できなかった。

 桂も盤上に打ち下ろしてさあ攻めるかと思いきや、角を引き歩を伸ばして、またも「手を渡し」たのだ。

 銀や金ではなく、角と桂の組み合わせで厚みを築くなど見たことがない。増田康宏六段に勝って29連勝の新記録を達成した将棋では、7五角・1五角・6五桂で5三桂打というこれも見たことのない角桂の配置だったが、これらは駒取りか詰めろという直接的な手だった。あの時と同じ棋士が指したとは思えない駒使いだ。

三枚堂達也七段の四段昇段祝賀会で肩を組む三枚堂(左)と佐々木勇気七段 ©勝又清和

 豊島は角を打って攻めたが、これは藤井が待ち受けるところだった。自玉そばに角を成らせて反撃したのがうまいカウンター。その後、自玉の逃げ場所がゼロになっても藤井は動じない。さらに玉の頭上に成香を作らせてから追い払う。ギリギリのしのぎなのだが、藤井の表情は落ち着いている。佐々木か三枚堂だったかが、彼に恐怖心がないことを例えて「F1レーサーみたいだな」とつぶやいた。

 その後も正確な受けで自玉を楽にし、最後は詰めろもかからなくしてしまった。秒単位で持ち時間を消化するチェスクロック方式にもかかわらず、藤井は4時間の持ち時間を25分も残している。三枚堂が「これだけ終盤強ければ、序盤で良くする必要はないのか……」とうめくようにつぶやいた。

 これで王位戦も叡王戦も、藤井がリードして折り返しを迎えた。次は8月18~19日に王位戦第4局だ。さらには竜王戦でも藤井は挑戦者決定戦で1勝を挙げた。2人の戦いから目が離せない。

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