しかし、中盤の難所で、藤井は新たな一面を見せた。銀を打って相手に手を渡し、その銀がいなくなると今度は歩を打ってさらに渡した。「手を渡す」は相手のアクションを待って対応しようという意味で、これは羽生の得意技だ。羽生さんみたいな手も指すようになったのかと思ったが、第2局の立ち会いをつとめた広瀬章人八段も同じ感想だった。この歩から流れが変わり、藤井が攻めだしてからは差がつく一方だった。
「相手にプレッシャーをかけながらチャンスをうかがう藤井の指し回しが絶品だった」と広瀬は語る。
後日、ABEMAに出演したときに解説の広瀬に、「藤井さん鋭い攻めとかで有名になりましたけど、最近はじっくり指して相手に手を渡す将棋が増えている気がするんですが?」と聞くと、「おっしゃる通りで誰の影響なのか、何らかの勉強方法で身についてきてるのか練習パートナーにそういう人がいるのか……」と不思議がっていた。ともあれ藤井が成長した一面を見せたのは間違いない。
剛速球だけでなくスローカーブも投げられては相手は的を絞れず、指し手を予想することが難しくなった。
序盤作戦は常に豊島が上回っていた。だが第2局、第3局で藤井が超絶な中終盤力を見せて競り勝った。これが王位戦第3局までの私の感想だ。そして叡王戦五番勝負も始まった。
7月25日・叡王戦第1局(藤井先手) 【藤井、先手番でも激しく】
藤井は戦い方を切り替えた。先手では穏便にというスタイルを捨て、角換わりの出だしから激しく動く順を選んだのだ。DL系のAIが評価する急戦だが、評価値がよくても人間にはまとめるのが難しい。
だが、藤井は果敢にチャレンジした。将棋は飛車角交換から難解な中盤戦になり、ポイントとなった局面は豊島の歩の垂らしたところ。藤井はじっと自陣最下段の角打で受けたのだ。これも藤井将棋の特徴で、持ち駒の角を自陣か中段に打つことが多い。2枚目の角打も打った場所は敵陣内ではなかった。この2枚の角を犠牲に寄せの駒を集め、あとは藤井の終盤でよく見た光景になった。
8月3日・叡王戦第2局(豊島先手) 【豊島再度の早繰り銀、すさまじい勝負手】
豊島は王位戦第2局に続いて再度角換わり早繰り銀を採用したが、今度は藤井が研究手を見せる。
藤井は互角以上で序盤を乗り切り、中盤から抜け出した。そのまま藤井が押し切るかと思われたが、今度は豊島が勝負への執念を見せた。
追い詰められた局面で、歩頭に銀を捨て、無理矢理飛車をさばき、さらには銀の成り捨てで迫ったのだ。2度の銀捨てに動揺した藤井は指し手が乱れ、豊島が逆転に成功。最後は藤井の連続王手に対して、逃げ方も合い駒も間違えることはなかった。