南京錠で閉鎖された大部屋で衆人環視の中の排泄。まるで江戸時代の座敷牢だ。「このまま死んじゃうんだな…」と絶望的な感情に陥ったと打ち明ける女性患者もいた。
A病院にはクラスター発生以降、保健所が複数回、感染症対策の指導に入った。しかし、保健所側は問題の大部屋を見なかったという。
実はA病院はクラスターの発生を公表していない。NHKがA病院に取材を申し込んでも回答はないまま。保健所も取材には「お答えできない」という反応だ。医療行政を束ねる厚生労働省は、「患者の人権が損なわれることはあってはならない」と建前を語りながら「指導は都道府県が行う」と責任を転嫁する。
「『治ったら帰しましょう』だけで済む問題なの?」
A病院には松沢病院も支援に入ったが、その報告会では医師たちが精神医療の現状をめぐって熱い議論を闘わせた。
「座敷に6人陽性患者を入れて鍵をかけている病院で、そこから普通に患者を受け取って『治ったら(元の病院に)帰しましょう』だけで済む問題なの?」(精神科部長)
「だけど精神科の病院が倒産していって患者さんが放り出されて、世の中はそれを受け入れる素地がないわけだから、その辺の塩梅を見ながらやっていかないと……」(病院長)
患者の人権を尊重するなら、A病院にそのまま戻すのではなく、患者の処遇を変えさせる必要がある。だが、ひどい病院はここだけでないことも事実だ。病院を告発したら倒産に追い込みかねない。そうなれば患者たちはもっとひどい病院に行かされる可能性が出てくる。
病院を監督する東京都を取材すると、「指導した」と言いながらも詳細について回答を拒否する。
患者の証言では、A病院での南京錠による隔離はその後も続いたという。ここでのクラスターで115人が感染し6人が死亡したが、病院も保健所も取材に答えようとしない。詳細を明らかにしない都を含め、感染防止を担う関係者の無責任な姿勢に不信感が募ってくる。
「ひずみは必ず脆弱な人のところに行く」
この番組は、都立松沢病院の院長だった齋藤正彦医師が取材を許可したことで実現したと思われる。齋藤氏は今年3月いっぱいで院長を退き、現在は一医師として同病院の最前線で働くが、彼の考えが番組全体を貫く。
「この病院にコロナウイルスの感染のために送られてきた人は、社会的にすごくパワーのない人ばかりだった。守ってくれる家族もいないし、家もない。長いこと精神科の病院にいて、社会から全く根を切られちゃったというか」
「世の中に何か起きたときに、ひずみは必ず脆弱な人のところに行く」
「社会には弱い人がいて、僕らの社会はそれに対するセーフティーネットをどんどんどんどん細らせているのだということをもう一度思い出すべきなんだと僕は思う」