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 精神疾患の患者と向き合ってきた現場の医師の実感だ。

「世の中に何か起きたときに、ひずみは必ず脆弱な人のところに行く」という言葉は、報道機関で現場のジャーナリストが肝に銘ずべきとされてきた言葉とぴたりと重なり合う。現場の医師たちと現場のジャーナリストたちが重ねてきた実感を結実させたようなこの番組は、日本の精神医療の矛盾を浮かび上がらせ、テレビ報道の歴史を刻むものになった。

「転院」をターゲットにした見事な取材

 制作した青山浩平氏は、「長すぎた入院 精神医療・知られざる実態」という番組で知られる。精神科病棟には曖昧な診断のまま長期入院する患者が少なくない実態をスクープ報道した(2018年2月3日放送)。

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 そのきっかけは、2011年3月の福島第一原発の事故だった。

 原発近隣の精神科病棟から他の病院に「転院」を余儀なくされた患者たちに聞き取り取材をするうち、隔離収容する必要がないのに30年とか40年とか長期間入院し続けていた実態を明るみに出した。今回、青山氏とペアを組んだ後輩ディレクターの持丸彰子氏が精力的に取材。一部の精神科病院で“人権侵害”と呼べる実態が今もあることを明らかにした。

NHK、ETV特集「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」(2021年7月31日放送)より

 新型コロナウイルスの感染拡大の状況で、原発事故と同様の「転院」が起きると予測して取材を進めたのだとしたら、取材者としての「読み」の深さに脱帽するしかない。

 世界の精神医療は退院を促進する世界の動きを見せているのに、逆行する日本では精神科病院の入院患者はおよそ27万人もいる。多くの人が新型コロナに脆弱な環境にいると考えられている。家族も引き取らず社会の中で他に居場所がない精神疾患の患者たち。    

 番組を見ていない人のためにネタバレにならないように記すが、筆者と同世代で数十年も入院し続けてきた女性患者が、元の精神科病院に戻るときに口ずさむ小坂明子の往年のヒット曲「あなた」が胸に迫る場面がある。理屈だけでなく情感にも働きかけて共感しやすいヒューマンドキュメンタリーだ。日本社会の「かたち」についてこれでいいのかと問いかけてくる力作だ。

 番組は、NHKプラスで8月7日(土)いっぱいまで視聴可能なほか、NHKオンデマンドでも視聴できる。