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「正直、しびれました」明暗を分けた“4球目”、見逃さなかった失投…野球日本代表が金メダルをたぐり寄せた「3回の攻防」――東京五輪の光と影

第1回WBC優勝戦士・多村仁志氏インタビュー

2021/08/19

 開会式直前の関係者“辞任ドミノ”に始まり、メダル候補のまさかの敗戦やダークホースによる下馬評を覆しての戴冠劇、コロナ禍で開催され、明暗含めて多くの話題を呼んだ東京オリンピック。ついにその長い戦いも閉幕しました。そこで、オリンピック期間中(7月23日~8月8日)の掲載記事の中から、文春オンラインで反響の大きかった記事を再公開します。(初公開日 2021年8月8日)。

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 8月7日、横浜スタジアムで決勝戦が行われた東京オリンピックの野球。野球日本代表「侍ジャパン」は2対0でアメリカ代表を破り、正式競技では初めての金メダルを全勝で獲得した。

 野球が公開競技として行われた1984年ロサンゼルス五輪では金メダルを獲得した日本。一方で、正式競技となった1992年バルセロナ五輪以降は金メダルに届いていなかった。4位となった13年前の北京五輪以来、3大会ぶりに復活した今大会でまさに悲願達成となった日本代表について、2006年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも活躍した野球評論家・多村仁志氏に聞いた。

正式競技では初めてとなる金メダルを獲得した野球日本代表 ©JMPA

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「正直、しびれました」

「いい選手を集めるだけではなく、いいチームにしたい、と稲葉篤紀監督は以前からおっしゃっていましたが、2017年に侍ジャパンの監督に就任し、集大成のオリンピックはまさしく素晴らしいチームになったと思います。いや本当、金メダルを獲得できて良かった。決勝は正直、しびれましたね」

現役時代、国際試合でも大活躍を見せた多村仁志氏(写真は2006年のWBC時) ©AFLO

 そう言って侍ジャパンのオリンピック初制覇に表情をほころばせるのは、野球評論家の多村仁志氏である。現役時代は横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークスで主軸として活躍し、また2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシックではチームの最多本塁打と最多打点で優勝に貢献した、国際試合の難しさを知る人物だ。

プロ2年目の先発・森下が序盤で迎えた大きな山場…明暗を分けた“4球目”

「決勝のアメリカ戦は、KOステージ第2ラウンドでタイブレークまでもつれこんだことを考えれば、どちらに転ぶかわからない接戦になると思っていました。

先発した森下暢仁 ©JMPA

 勝ち切ることのできたポイントのひとつは先発の森下暢仁投手の好投です。初回を3人で終わらす完璧な立ち上がりと丁寧なピッチングで5回を無失点。チームにいい影響を与えたと思います。カーブを効果的に使った配球に加え、主審が左右の低めのボールを広くとる傾向だったので、球威のあるストレートでそこも上手く活用できていましたね」

 だが肝を冷やした場面もあった。