関係のある出版社からは様々なものが届くため不審に思わず、私は住所を伝えた。
今にして考えれば、宅配便の伝票にはカーボン紙が用いられており、水性のマジックで記入することはないはずだが、そのときはまさか騙されているとは思いも寄らなかった。
その後、宅配物は届けられなかったが、そもそも出版業界はルーズなところがあり、似たようなことは多々あるので、さほど気にもしていなかった。私が甘すぎたのである。
「最低でも住所ぐらいは抑えておかないと」
「こんなやり方、申し訳ないと思ったんだけどね。私らもやってることがやってることだから慎重にならざるをえないんだよ。最低でも住所ぐらいは抑えておかないと」
謎が解けたことで、安堵感を覚えながら言った。
「直接聞いていただければ、すぐにお伝えしましたよ」
わざわざ回りくどいことをしないでもいいのに。そう思っての発言だった。
しかし間淵氏は言葉を濁した。
「それはそうかもしれませんけどね」
その様子に、私は背筋が寒くなった。
彼は私の知らないところで住所を割り出し、なにをしようとしていたのだろう。
「私どもの商売は情報ありき」
――裏社会とのつながりのあるライターならば、シノギの助けになる情報や人脈を持っているかもしれない。それともいいネタがあればゆすってやろうとでも考えていたのか。
目の前の間淵氏はほとんど表情を変えない。
二度にわたる取材の中で、声に出して笑うことは皆無だった。こういう人間は敵にしたくないものだと痛感した。
「知っているはずがない情報」を入手することで、相手を思いのままに操ることができる。
間淵氏は要求を呑ませるための威嚇として用いたが、ビジネスの場などで前もって顧客の趣味を調べておき、それを役立てるというのはよくある話だ。
ゴルフが趣味と分かれば、さり気なく「私は最近、ゴルフにハマってましてね」と切り出すことで、相手を食いつかせることができる。自慢気になって話し出してくれれば「すごいですね。私などまだまだです」「今度、ぜひご一緒に回りたいものですな」と聞き役に徹すればいい。心象がよくなることは確実である。
間淵氏は眉を動かさぬまま、こう告げた。
「私どもの商売は情報ありきだからね。それを制したものが勝つのは当然ですよ」
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