土壇場での機転、前もって危険を回避する知恵、交渉で相手を丸め込む技術はビジネスの世界で重要なスキルといえる。しかし、一瞬の判断ミスや煮え切らない態度が命取りにつながる“裏社会”では、それらのスキルは表社会よりもはるかに重要になるのだ。
ここでは、作家・編集者の草下シンヤ氏が “裏社会”の住人に交渉テクニックを取材した著書『裏のハローワーク 交渉・実践編』(彩図社)の一部を抜粋。彼らの手口を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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「無防備にさせてから、巻き上げればいい」
仕込みというのは大げさであればいいというものでもない。
ほんの些細なものだったとしても、相手が無防備な状況下にあれば、絶大な威力を発揮するのだ。
「本番バレたら100万円」
こんな張り紙を風俗店で見たことがある読者もいるだろう。
ほとんどの店舗ではただの「注意書き」であるが、中には悪質な店も存在する。
風俗美人局と言うべき形態のもので、そのシステムはしごく簡単だ。
「あと2万円出してくれたら、本番していいよ」
風俗嬢のほうから持ちかける。
客にしてみれば願ってもない提案である。
金銭的な折り合いがつけば、喜んで申し出を受ける客のほうが多い。
紙幣を受け取ると、本番行為に入る前に、風俗嬢はそれとなく壁の注意書きに目を向けながら言う。
「でも、この店は本番NGだから、絶対にお店の人に言ったりしないでよ。私、叱られちゃうから」
「大丈夫だって。言わないよ」
辛抱たまらない客は話もそこそこに彼女にのしかかってくること請け合いだ。
事の最中に2人の強面のお兄さんが
そして本番行為に及んでいると、突然、個室のドアが開かれる。
「こら! お前、なにやってんだ!」
そこには2人の強面のお兄さんが立っている。どう見てもカタギの人間ではない。
すかさず怖いお兄さんが怒鳴り声を上げる。
「妙な声が出てると思って開けてみりゃ、お客さん、それはマズいんじゃないの?」
まさに事の最中である。
客はドアのほうを向いたまま完全に固まっており、風俗嬢も真っ青な顔をしている。
「いつまで、そんな格好しとんのじゃ」
そう言って1人が彼女の髪をつかんで、客から引き離す。
いい音のする平手打ちを食らわせ、罵声を浴びせると、彼女は泣いて謝罪することしかできない。