アワビもウナギもカニも……。日本人が口にしている海産物の大多数が実は密漁品であり、その密漁ビジネスは、暴力団の巨大な資金源となっているという。その実態を突き止めるべく、ジャーナリストの鈴木智彦氏は築地市場への潜入から密漁団への突撃まで、足かけ5年に及ぶ取材を行った。

 ここでは、その取材内容をまとめた著書『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館文庫)の一部を抜粋。鈴木氏の潜入労働によって見えてきた築地市場の実態について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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原爆マグロの記念プレート

 年明け5日、この日は築地市場の初競りだ。

 その年末、『すしざんまい』と銀座の老舗『久兵衛』が競り合い、青森・大間のマグロが1億5000万円で落札されたため、マスコミのカメラがあちこちにいる。

 ターレーで走っているとカメラを向けられた。ピースサインをしようと片手を離したら、前のターレーにぶつかった。

「ちゃんと前見ろ馬鹿野郎!」

「すいません!」

 相手がヤクザだろうが、魚屋だろうが、笑顔に拳は当たらない。謝れば済む。よほどのことがない限り。

 この日のマグロの競りでは、最高額が736万円だった。築地のご祝儀相場でいうと、この程度が平均値だという。

 この頃、少しずつマグロの産地偽装についても調べ始めていた。アワビを扱っている業者は築地合計で10社ほどだが、マグロは200社近い専門店がある。市場がでかければ悪徳業者が存在する確率もでかくなる。

 実践的なマグロの基礎知識を得るため、私をしごき抜いたバイト先の主任を飲みに誘ったが、なかなかスケジュールが合わず、知り合いのヤクザに片っ端から電話し、拝み倒してマグロ専門店の社員を紹介してもらった。

©iStock.com

「東京は裾野が広い。マグロ一貫に数千円払うブルジョアもいれば、バチと本マグロの区別さえ付かない消費者もいる。だから築地には極端にいい魚か、極端に悪い魚が入荷してくる。一流店の仕入担当は、産地など気にせず、マグロの中身だけを見て買い付ける。産地にかかわらずいいマグロには金を払うわけで、ここで産地偽装は成り立たない。

 反対にマグロの本当の味も分からないクセに、頭でっかちになって『やっぱり大間のマグロは最高だ』などと見栄を張る人間はカモにできる。本当は激安なマグロを高値で売りつけられたのに、自分の思い込みを盲目的に過信するからインドマグロを食べても大間の本マグロと信じ切ってしまう。夏の大間はあまり品がよくないんだが、産地がマグロのすべてと思ってる。こんなやつ、騙したくもなるだろ。量販店相手の仲卸が常日頃から産地偽装をしてるといいたいわけじゃない。良心的な店はどんな客にもフェアーな商売をしてるだろうし、インチキに抵抗がなければやり放題に偽装してるはず」