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 3月、春の選抜高校野球大会の開幕が迫ってくると、場内に野球賭博の紙が回ってきた。胴元はある仲卸の関係者で、ある日、「ヤクザがやってきた」と大騒ぎになった。これだけおおっぴらにやっていれば、暴力団の耳にも入るだろう。それなりの落とし前を要求されても同情などできない。

 築地市場でのバイトを辞めたのは4月の半ば過ぎである。

「築地で密漁アワビは売られてるんですか?」と質問すると……

 会社が飲食店を出すというので、メニューやイメージ写真を撮ってくれないかと頼まれた。1万円のバイト料の他、「役員と飲みたいです」とお願いすると快諾してくれた。それまでただのアルバイトが役員と飲む機会などまったくなかった。

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 西葛西の寿司屋でごちそうになり、その後、周辺のスナックに連れて行ってもらった。

©iStock.com

「アワビが商売になったのは平成元年頃までだね。当時は確かに儲かったよ。でもこの不景気ではアワビなんて買う客は少ない。千葉の大原、三陸、伊勢、伊豆などは乱獲で大振りなアワビはほとんど獲れない」

 午後10時過ぎ、役員はカウンターで白河夜船となった。目を覚ました際に、「築地で密漁アワビは売ってるんですか?」と質問した。

「ああ、売られてるよ」

 その一言が聞きたくて、4ヶ月の間、築地で働いたのだ。

 翌日、上司に退社しますと伝えた。生まれて初めての円満退社だった。数ヶ月後、この仲卸を訪問すると、仲のよかった社員がオレオレ詐欺の出し子で逮捕されていた。

 豊洲に移転しても、こうしたおおらかさを失って欲しくない。

【後編を読む】火箸で頭部を一刺し、硫酸をかけて失明に…「銚子の虎」が統治していた港町の“黒い影”の実態