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火箸で頭部を一刺し、硫酸をかけて失明に…「銚子の虎」が統治していた港町の“黒い影”の実態

『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』より #2

2021/08/07

 漁を終えては賭場に通い、博打に勤しむ漁師、網元、船主……。そんな彼らに金を貸し付け、担保として船を回収していたのが「銚子の虎」と呼ばれていたヤクザ“高寅”だ。地元漁業を牛耳り、封建的な村社会で畏敬の念も持たれながら、住民からも支持されていた高寅。しかし、戦後になると、日本共産党、読売新聞、GHQが地域を民主化すべく、高寅追放が目指されるようになり……。

 ここではジャーナリストの鈴木智彦氏がヤクザと漁業の密接な関係に迫った『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館文庫)の一部を抜粋。かつての銚子で繰り広げられた血生臭いエピソードを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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火箸で頭部を刺した

 昭和24年3月5日午前5時、軍政部の命令を受けた千葉地検は、銚子署、旭署、廿日市署の警官に応援部隊を加えた総勢200人を各班に分け、高寅の関係先に押しかけた。ところが拠点はもぬけの殻で、高寅を始めとする関係者が逮捕されたのはその2日後だった。高寅に逃走の意思はなく、偶然、外出と取り締まりが重なったのだが、高寅追放を掲げる読売新聞にとっては好都合だったろう。

 同日、読売新聞は政治と暴力団の癒着に照準を合わせ、強烈な変化球を放った。カイズ・ビーチという35歳のアメリカ人記者を銚子に派遣、通訳と読売新聞記者を伴って高寅の妾宅を訪問させ、その原稿を掲載したのだ。ビーチは昭和21年にシカゴ・デイリー・ニュースと契約し、日本に滞在していた極東特派員で、いまの外国人記者クラブの面々同様、日本のヤクザの成り立ちを理解していたとは思えない。しかし、その分、西洋的視点でヤクザを書くことに疑いを持たないので、読売にとっては好都合だったろう。

「二号の細君(※後述するフミのこと)が経営している化粧品店の居間でコタツにあたりながら一般市民に“銚子の虎”として知られている高橋寅松は『自分は悪い人間だ』と記者に語った。しかしまた『過去においては誤った道を踏んだのは事実だが現在では街の寺(観音堂)を建築して市民の尊敬を受けている』とも語った。

 高寅はこの寺の建築にすこぶる熱心だ。あるとき強情な一主婦が『献金したくない』とこばんだとき彼はその婦人の頭をインク瓶でなぐりつけようとした。高寅と彼の子分たちはしばしばこのような短気をおこしている。一度ある婦人が高寅に相談しないで家の周囲に垣根を築いたとき彼はこれを彼に対する個人的な侮辱と見なし彼の子分の一人は火箸で同婦人の頭部を刺した。

 高寅は銚子市で最も強大なボスでありテロをもって市民を支配している。彼のその方法と組織はアメリカの考え方からみれば多少変わっているように思われるが根本的にはアメリカのどのギャングのボスと比較しても全く同一である。おそらく彼は銚子で一番の金持ちであろうし、またこの街最大のギャンブラー(博徒)であり他の日本人ギャンブラーと同様に荒っぽい凄味を見せかけるため全身に入墨をしている」(読売新聞昭和24年3月5日付)

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 記事には第一弾の新聞記事で匿名とされた越川の他、火箸を刺された『百番』という食堂の女将、硫酸によって失明した露天商の実名・顔写真が添えられている。