密漁アワビ発見
ようやく密漁アワビの取材を始めた。
この仲卸に築地のアワビを一番売るカリスマがいたから、わざわざバイトに来たのである。ターゲットは面接してくれた幹部の実父で、役員である。この仲卸は一族による血族経営になっている。
が、こちらは岸壁を配送所にしているので話しかけるきっかけがない。年々売り上げは下降しており、バブル期の多忙さは数倍以上だったそうだが、いまでも魚河岸には決まった休み時間がない。どこでも喫煙が黙認されているのは、ゆっくり腰掛け、コーヒーを飲みながら優雅に一服する時間がとれないからかもしれない。かといってバイトが役員を飲みに誘うのも不自然である。
バイト先には私のようなパートを含めて50人近くが働いている。社員は事務所に机があるので、店舗の2階で着替え、タイムカードを押すのはバイト組だけだ。
「あれ、ヤクザだから気をつけなよ」
その一人に目が留まった。立ち居振る舞いの細部がヤクザっぽい。バイトだから兼業で魚河岸の他にも働いているだろう。あれこれ周囲に訊いてみると、「あれ、ヤクザだから気をつけなよ」と言われた。調べてみるとヤクザが経営するキャバクラの店長らしかった。ネオン街の景気が悪いので、店が終わったあと魚河岸でバイトをしているらしい。
昔から兼業ヤクザともいうべき人種はけっこういる。タクシー運転手をしながら、居酒屋で働きながらヤクザをやるというケースは思いの外多い。その代表格が土建屋ヤクザだ。マスコミや警察は、暴力団が土建業に進出しているととらえているが、それは実情に即していない。
彼らは土建業が正業で、ヤクザはあくまで副次的だ。ヤクザが土建屋になったのではなく、土建屋がヤクザもしていると表現するのが正しい。それぞれ仕事を持っている個人事業主の互助会……それがヤクザであり暴力団の姿である。
そもそもヤクザは商売ではない。ヤクザのプライドは、額に汗して働かないことである。実際、極めて高い暴力とそれを換金できる才覚さえあれば、縄張り内でトラブルシューターになれる。が、暴力の専業者になれるのは一握りしかいない。武闘派と呼ばれる組織に本当の暴力派は数人だけで、あとはイメージをレンタルしている。ヤクザ組織の基礎を支えているのは兼業ヤクザ、つまり正業を持つ人間たちなのだ。