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暗転の合図

 最近とみに化粧が濃くなり、帰宅の遅くなった母が、自分の財布からカネをくすねていることを山地は知っていた。それに加え、大事な彼女への無言電話も発覚したのである。母に言いたいことは、山ほどあった。

 敏江さんは午後9時ごろに帰宅した。山地はまず借金について尋ねた。だが敏江さんは「あんたには関係ない」とにべもない。その言葉にキレた彼は「彼女に無言電話したろう」と声を荒げた。しかし母は「知らんわ」と切り捨てた。

 それが暗転の合図となった。

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 顔を拳で殴り、首を持って隣の部屋に投げ、顔や背中を蹴り、近くにあった金属バットを手にすると足や胸や腹を殴った。また、執拗に顔や腹を踏みつけた。金属バットでは、頭ではなく、より苦しむ躰を殴った。

 我に返ると、目の前には血まみれで横たわる母の姿があった。

 翌朝、山地は普段通りに新聞配達の仕事に出かけた。家に戻っても敏江さんは微動だにしない。彼は床一面の血をバケツの水で流し、ほうきで水を掃いた。家を出てオカダトーイに行くと、カードゲームで遊び、休憩時間の久美さんを誘って喫茶店でランチを食べた。そして店を出ると雑貨屋に入り、前から彼女が気になっていると話していた2000円の小さなポーチを買い、プレゼントした。

 30日の夕方に自宅に戻った山地は、母の死体を毛布でくるみ、首のあたりと足首のあたりを紐で結ぶと玄関の土間へと運んだ。漆黒(しっこく)の時間が過ぎ、31日午前1時10分に彼は受話器を取り、110とダイヤルした。そしてこう告げた。

「母親を殺した」

©iStock.com

精神科医の無念

 2000年7月31日に自首して山口県警に逮捕された山地悠紀夫は、9月14日に山口家庭裁判所で開かれた少年審判で、「少年院で3年程度の相当長期間の矯正教育が必要」との処分が決定。岡山中等少年院に収容された。

「彼については、院内生活にまったく問題がないにもかかわらず、事件についての反省が出てこない。それで一度、精神科医に診てほしいということで、僕に依頼がきたのです。5年近い少年院での診察で、それまでは不眠や薬物中毒による幻覚の悩み相談などが多かったから、けっこう珍しいタイプの依頼でした」