天候不良の影響で試合延期数が過去最多となった第103回全国高等学校野球選手権大会。準決勝、決勝の変則ダブルヘッダーが行われる可能性も検討されるなど、大会運営サイドは頭を悩ませたことだろう。そんななか、朝から雨が降り続き、試合開始は困難と思われた8月15日、阪神園芸の“神整備”が大きな話題を呼んだ。
そんな阪神園芸の仕事を詳しく紹介した一冊が、阪神園芸グラウンドキーパー・金沢健児氏の著書『阪神園芸 甲子園の神整備』(毎日新聞出版)だ。ここでは、同書の一部を抜粋。甲子園が「雨」に強い球場である所以を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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整備のバリエーション
甲子園のグラウンド整備が注目を浴びるのは、雨の日が多い。雨が降っていたり、雨上がりだったりでグラウンドが水浸し。そんなときこそ、本当の実力が試される勝負どころだと、私たち自身思っている。
甲子園が雨に強い理由は2つ。1つは、雨に強いグラウンドを、一年かけて作っているからだ。
天地返しで、毎年グラウンドを再生させる。水はけも水持ちもよく、弾力のある理想のグラウンドができた年は、最高だ。土がうまく雨を吸い込み、ちょうどよい弾力になるように水分を保ってくれる。
ただ、水はけに関して言うと、今は甲子園以外にもよいグラウンドがたくさんある。私は、雨上がりに車を運転しながら街中を観察することがあるのだが、学校の校庭でさえあっという間に水が引いていて驚いたりする。工事などを通して、水はけのよいグラウンドが増えてきているのだろうと思う。
それでも、私たちは水浸しのグラウンドを回復させるノウハウを、どこよりもたくさん持っている。それが、甲子園が雨に強い理由の2つ目だ。
雨上がりの整備作業として、基本的にはほぐし方や固め方だけで5、6パターンある。その順番を入れ替えたり、何か違うものを足すなどして、そのときの状況に合った整備を選んでいく。
簡単に聞こえるかもしれないが、そもそも状況の見極めはなかなか難しい。
まず、天候を読まなければいけない。その時点で空は晴れているのか、曇っているのか。曇っているのだとしたら、太陽は隠れているのか、いないのか。黄砂で日光が遮られてはいないか。これから天気はどう変化するのか。微妙な天気の違いで、整備内容を調整する。
時間配分も忘れてはいけない。どれだけうまく整備できるにしても、試合に間に合わなければ0点だ。
条件に応じて整備方法を変えるからうまくいく
私たちの雨上がりの整備を真似しようとして失敗してしまった例を知っている。
ある日、私たちは甲子園の水浸しのグラウンドを回復させようとしていた。季節は夏。昼に雨が上がり、天気はこれから晴れの予報。案の定、水がすばやく引いていく。私たちは深い爪のついた機械でぬれた土を起こしていった。土はベチャついていたが、ほぐされたことで、夏の日差しを受けてだんだん乾いていく。
それを見たある球場の職員が、雨上がりはこういう風に対処すればいいのかと早合点したらしい。グラウンドの水が引くと、早速同じ機械でぬれた土を起こし始めた。私たちが作業をするためにその球場に到着したころには、深めに土がほぐされている状態だった。