そこで、雨がすでに降っていたために、シートを張らなかった。あくる日のグラウンドは水浸し。それでも、整備のおかげで試合ができた。これを評価してもらえれば嬉しい。私たちが一年をかけて作り上げたグラウンドと、雨上がりの整備のノウハウが合わさってこそ、実現できることだからだ。そのノウハウに基づいて動いてくれる若いメンバーがいて、チームワークがあるからこそ、私たちのグラウンド整備が成り立っている。

「シートを張るべきか、張らざるべきか」の葛藤

 シートを張ることの弊害もある。シートで雨を遮ることによって、グラウンドには水が入らない。グラウンドの深いところでは土が乾く。もちろん、散水はするが、それだと水はグラウンドの表面にしかしみこまない。グラウンドの中の水分量にムラができるのだ。シート張りのせいで、逆にグラウンドのコンディションを悪くしてしまう。

 雨はグラウンドの味方だ。天地返しでも、雨がグラウンドを仕上げてくれる。シーズン中でも、一番大事なグラウンドの水加減を調整してくれるのは雨だ。雨のおかげで、「水はけのよい、水持ちのよい、弾力のある」グラウンドが一年間、維持できている。

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 私たちは、土の水分量を理想の状態に保つために、散水をする。ただ、通常の散水で土に与えてやれるのは、雨量に換算するとたった1ミリ程度だ。これでは、水がしみこむのは土のほんの表面だけになってしまう。しかも、人間がやっているから、どんなに水を均等にまこうと思ってもムラができる。

 雨はすごい。10ミリだったり20ミリだったりするだろうが、土の奥底まで届くくらいの水を与えてくれる。しかも、均等にまいてくれるのだ。グラウンドに自然の雨を当てれば、深さ30センチの土全体に、むらなく水が行き渡る。均等に水分を含んだグラウンドは強い。上の部分を乾かせば、表面はプレーをするのに最適な硬さになるし、深い部分は水が残っているから弾力が生まれ、イレギュラーバウンドを防げるようになる。

 何日かおきに定期的に雨を当てておかないと、グラウンドはよい状態を保てない。

 ただ、野球観戦に来るお客さんのことを思うと、悩ましい。

 たとえば、試合当日の午後4時まで雨が降った、あるいは5時まで降った。そうなると試合はできない可能性が高い。ところが、シートを張ると、もし5時に雨が上がったとしたら、わずかに試合開始時刻を遅らせれば、できるかもしれないのだ。そういう場合は、シートを張っておく方が望ましいということになる。私たちも、シートを張ることで試合ができる可能性があるのであれば、もちろんシートは張るようにする。

 それでも、無駄なシート張りはあまりしたくない。たとえば、翌日は一日中雨が降り続けるということがわかっているにもかかわらず、シートを張るのは嫌だ。特に、翌々日は朝から晴天という予報が出ているのであれば、シートを張る意味は全くない。一日中雨が降り続けるのだから、試合はできない。ならば、晴天だと予報されている日のために、ベストなグラウンドを用意したいと思う。

 ただ、その雨は絶対に止むことはないのか、と言われると言葉につまる。天気に関して100パーセントなんてやはりありえない。結局、シートを張ることになるだろう。

 シートを張るべきか、張らざるべきか。

 この葛藤は、甲子園球場がある限り、消えることはないと思う。

【続きを読む】「これくらいで十分ですよ」「いや、もっとやらなあかん」…意外と知らない“グラウンド整備”時の“せめぎ合い”

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