「俺がいる限り、Aをマウンドに上げさせない」
神奈川県立高校の野球部員だったAさん(19)は、高校1年生当時、同じ部員からこんなことを言われた。Aさんは部内でいじめを受けていたのだ。そのため、部活動に参加できなくなり、退学・転学を余儀なくされた。県の「いじめ防止対策調査会調査専門部会」は2年前にいじめを認定した。
その後、Aさんは、いじめの加害者と学校設置者の県に対して訴訟していたが、昨年末までに、両者ともに和解した。加害者が「謝罪」、県は「遺憾の意」をあらわした。Aさんの父親が取材に応じた。
三者面談翌日には担任が野球部顧問に伝え、クラス全体にも注意したが
Aさんは2017年4月、神奈川県立高校に進学。硬式野球部に所属した。5月ごろ、他の部員から不快に感じるあだ名で呼ばれたり、部内の荷物持ちを一方的に押し付けられた。関係生徒からの聞き取りによると、「Aが(不快なあだ名で呼ぶことを)やめろと言っていたのに、なかなかやめなくて結構嫌な雰囲気になった」「自分たちもたまに呼んでいた」などと話している。
Aさんの父親は言う。
「息子の高校入学直後、私の実母が亡くなり、実父のことが心配だったために実家に戻っていました。まもなく、息子は嫌がるあだ名をつけられ、いじめられていました。そのことを妻には言っていました。背が大きいことで、幼稚園でも、小中学校でもいじめられたことがあり、話し合える親子関係だったので、このことがわかりました」
“不快なあだ名”をつけられた背景には、Aさんの背が高いことのほか、発達障害傾向があった。小学校2年の頃、両親は「緊張するとひらがなが書けない」と打ち明けられた。こうした事情もあり、「変わるべきは僕だ」と思った父親。Aさんの特性を理解することに努め、「辛い思いも楽しい思いも共有しようとした」と話す。だからこそ、親子のコミュニケーションは密だった。
6月初旬、いじめの発覚があり、AさんとAさんの母親、担任の教員とで三者面談が行われた。その上で、Aさんの母親は適切な対応を取ることを要請した。担任は翌日、野球部顧問に伝え、クラス全体にも注意した。野球部の保護者会でもチームワークの重要性を訴え、事件や事故を予測して注意喚起したが、いじめは止まらなかった。
「Aは中学の野球部ではピッチャーでした。市内の大会で準優勝したこともあります。いじめられながらも、野球が好きでした。『アウトをとると、仲間が喜んでくれるのが嬉しい』と話していたんです。高校でも、部員は多くはないので、特性があっても、大切にされるのではないかと思っていたんです」(Aさんの父親)