一向に改善されない労務問題
ラピュタ阿佐ヶ谷はその後、現支配人の石井紫氏の尽力もあり、才谷氏を直接運営にかかわらせない方向で労働環境の改善が図られた。
一方、ユジク阿佐ヶ谷は、もともと才谷氏が設立した〈アート・アニメーションのちいさな学校〉の試写スペースを改装した映画館であり、才谷氏の監督作品を上映する目的で開館された経緯もあって、ふゅーじょんぷろだくとによる直営状態がつづいていた。直接的な運営業務は社員である前支配人のもと、アルバイトスタッフが中心となっておこなっていたという。
「私はかなり早い時期からアルバイトとして働いていたのですが、当初ユジクには前支配人以外に社員スタッフがおらず、アルバイトスタッフが通常社員がやるような業務まで担わされていました。普通に一日10時間以上働いているのに、雇用保険にも社会保険にも加入させてもらえませんし、契約書も就業規則もないんです」(Bさん)
「研修では、発声練習をさせられたり、座学のようなかたちで才谷さんの話を長時間にわたって聞かされたりするのですが、その場でも才谷さんは新人スタッフをたびたび怒鳴りつけるんです。あと、劇場の近くに才谷さんが所有している空き地があるのですが、そこへ連れていかれて強制的に草むしりをさせられたりもしました」(元スタッフ・Cさん)
次々に辞めていくアルバイトスタッフ
こうした状況が放置されてきた要因として、経営者と労働者の間に立つ前支配人の管理責任も無視できないところである。今回、その経緯を確認すべく、前支配人にも取材を申し込んだが、残念ながら受けていただけなかった。
「勤務中に怪我をしてしばらく仕事を休まざるをえなかったこともありましたが、前支配人からは労災申請の連絡はありませんでした。それまでに見聞きしていた経験から諦めかけていましたが、同僚の後押しもあり、労災が下りないかどうかお願いしてみたんです。でもやはり真摯に受け止めてもらえず、結局うやむやになりました」(Cさん)
改善を求めると、才谷氏から「映画を愛していない」「ミニシアターで働けるだけありがたいと思え」と暴言を浴びせられるなど、さらなるハラスメントに見舞われてしまう状況がつづき、アルバイトスタッフは次々に辞めていった。残ったスタッフもさまざまな不利益を被りながら、多くのケースで泣き寝入りせざるをえなかったという。
社長とたたかうなら協力できない
その後、前支配人から引き継ぐかたちで就任した新支配人が、理不尽な待遇にさらされながらも労働環境の改善に向けて動き始めた。しかし、それをきっかけに才谷氏からのハラスメントはいっそう頻度を増し、精神的に追いつめられた新支配人は退職を強く意識するようになる。
「ラピュタ阿佐ヶ谷の石井さんにもご協力いただきながら改善に向けて動きましたが、解決には至らず、才谷さんは新支配人のいない場所でも侮辱する言葉を吐き、アルバイトを呼びつけて新支配人の人格を貶めようとする場面が頻発しました。前支配人に『ハラスメントが解決されない以上、第三者に相談するしかないですね』と提案したら、『それってたたかうってこと?』と訊かれ、『社長に意見することがたたかうことになるんですか?』と訊き返すと『そういうことになる。ならば私はこれ以上協力できない』と言われました」(Bさん)
事態の改善が見られぬまま、やがてスタッフは2カ月後に休館する決定が下されたことを知る。
「休館が決まったあと、前支配人は『休館までのあいだ、スタッフ全員が安全に働いて安心して退職できるように責任をもつから心配しないで』と言っていたんです。にもかかわらず、実際は前支配人が先に現場を離れた直後からこれまでどおり連絡することを拒否され、不安をかかえたまま働くことになってしまいました」(元スタッフ・Dさん)
結局、新支配人の退職と同時に多くのアルバイトスタッフも退職することとなった。
問題を放置したまま新たな映画館を開館
2020年12月9日、ユジク阿佐ヶ谷は同日をもって閉館することを発表した。告知文のなかでは「コロナ禍において、経営環境の変化や前支配人の退任に伴う引き継ぎを乗り越える事が難しく、このような結論にいたりました」と説明されている。
これを受けて元スタッフたちは、告発後も上層部からはなんの反応も示されていないことを明らかにしたうえ、「なんとか前を向き、別の道を歩み始めようとしている私たちは失望せざるを得ません。/屋号だけを変え、面倒な問題は黙殺し、自己責任論が幅を利かせる環境に心身を消耗させられる人材がこれ以上生み出されないことを願います」とツイッターに綴っている。
そして7月23日、アート・アニメーションのちいさな学校がつくる「新しい映画館」というコピーを掲げて、ユジク阿佐ヶ谷の跡地にMorc(モーク)阿佐ヶ谷が開館した。
ユジク阿佐ヶ谷の閉館の経緯と新たな映画館の開館について確認すべく、才谷氏に直接話を訊いた。才谷氏は、元スタッフの発信内容については把握しているとしたうえで、以下のようにコメントした。