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「早期教育の幻想ってありますよね」名門校の先生たちを取材して見えてきた“子どもの特性を伸ばすために親がすべきたった1つのこと”

ぼーっとする時間を奪ってはいけない

 高度成長期の「教育ママ」は子どもを有名大学に入れることだけを考えていればよかった。「もやしっ子」と呼ばれようが、テストでいい点数をとれる子を育て、「高学歴」というパッケージ商品を得られれば、それだけで満足できました。いわゆる右肩上がりの社会ではそれだけで、「生きる力」の弱い子でも生きていくことができたからです。

 しかしいま、「学歴は役に立たない」と言われます。学歴が要らなくなったわけではありません。高学歴があることは大前提で、オプションとして、英語もできなければいけないし、プログラミングもできなければいけない、プレゼンテーションにも長けていなければいけない……と考える親は多くいます。

 そこで、週に7つも8つも習い事をさせる。そのうえで、子どもたちは学習塾にも通う。そうして子どもたちの人生からぼーっとする時間が奪われる。それは大変危険なことです。

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 ひまなときにこそ、子どもは自分の時間をどう使おうか考えます。自発性や主体性が芽生えます。自分が、何を好きで、何をしているときが幸せで、何を欲しているのかを感じる時間でもあります。それが「人生の羅針盤(コンパス)」になるのです。

 ぼーっとする時間を奪われると、「人生の羅針盤」を使いこなせないひとになってしまいます。主体性なく、なんとなく世間的に良いといわれる方向を向いて生きるしかなくなります。そんな状態で、いくら高学歴を得ても、英語やプログラミングができても、何の意味があるというのでしょうか。

 それが嫌なら、幼少期にできるだけぼーっとする時間を奪わないことです。思春期も同様です。幼少期と思春期は、いずれも子どもが心身両面で劇的に変化する時期であり、飛躍的成長のチャンスなのです。

 スペシャリティを見つけるにも、子ども自身がぼーっとする時間が必要です。無意識から始めたことには、没頭できます。自分では普通にやっているだけなのに「よくそんなすごいことができるね!」とまわりから驚かれるようなところに、その子の特殊な能力が表われています。それがスペシャリティの種です。