三橋歌織は、2006年12月東京渋谷区の自宅マンションで夫である祐輔さん(当時30歳)が寝ているところを、ワインボトルで殴打して殺害した。その上、身長180センチもある夫の遺体をのこぎりで切断し、頭部を町田市内の公園に、上半身は新宿駅近くの路上に、下半身は渋谷区の民家の敷地に、左腕と右手首は家庭ゴミに紛れさせて遺棄した罪で懲役15年の罪に処せられた。
※本記事は、ノンフィクション作家の河合香織氏による「文藝春秋」2011年12月号の特集「真相開封35 アンタッチャブル事件史」への寄稿に一部加筆修正を加え、転載したものです。(肩書・年齢等は記事掲載時のまま)
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殺害された夫は「運命の女と出会ったんだ」
「歌織になぜか共感する」
この事件を取材したきっかけは、周囲の女友だちからそんな言葉を聞いたからだ。確かに、公判は毎回傍聴希望者が多いため抽選となり、ワイドショーで中継されるなど注目を集めたが、友人たちは社会的にも活躍していて殺人者とは無縁なように思えるし、さらにDV被害者でも既婚者でさえもない。だから最初にこの言葉を聞いた時は驚いたものだが、取材を進めるうちに事件の本質は私たちの暮らしからそれほど遠くない場所に存在するかもしれないと思うようになった。
メディアによって「セレブ妻」と呼ばれたのは、歌織が白百合女子大学卒業の社長令嬢であり、被害者である夫が当時注目を集めた投資銀行のグループ会社に勤めていたからだ。歌織は長身の体にいつもブランド品を纏っていたが、彼らが住んでいた代々木公園のマンションは38平方メートルで寝室は3.8畳だった。私は法廷に毎回通い、祐輔さんの両親はじめ、夫婦の親族や友人などの関係者、捜査関係者などを訪ね歩いた。そこから見えてきたのは、エリートやセレブという言葉とは程遠い人生を歩んできた夫婦の軌跡であり、孤独に震える素顔だった。
「俺たちやお前とは違う」
祐輔さんは歌織と合コンで出会った翌日、女友達にこう語った。
「運命の女と出会ったんだ。背が高くて、きれいで、すごいお嬢様で、しかも丸紅に勤めている」